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「半濁音を信じる会」のプチ・プレゼン【千返万歌〈第4回 〉】

 上原・若洲が返歌に挑戦! 一方の頭にふと浮かんだ短歌から、返歌の世界が始まります。そしてさらに、2首の世界から思い浮かんだ物語などをノールールで綴る企画です。第4回は上原発・若洲着。文章は若洲の担当です。

千返万歌

本歌
おまじないぽりぷろぴれんぽぷぴれんお風呂絵本も私も拭かれ

上原温泉

↓ ↓  ↓

返歌
ポピュリズム・ペスト・パプリカ流行りけりそして静かなオペレペレケプ

若洲至

*メモ✍
 「ポリプロピレン」:レジ袋などにも使用されているプラスチックの一種
 「パプリカ」:野菜・映画・歌、どれを思い浮かべても可
 「オペレペレケプ」:北海道帯広市の地名の由来となったアイヌ語

「半濁音を信じる会」のプチ・プレゼン

半濁音の魅力

 みなさん半濁音は好きですか?

 好きとか嫌いとか考えたことがないという人が大多数だとは思いますが、この明るい音の響きが特に好きという人も、中にはいらっしゃるかもしれませんね。特段嫌う理由もないはずなので、多分10点満点で評価してくださいと街頭インタビューしたら、平均7点以上くらいにはなるんじゃないかと思います。突然で恐縮ですが、半濁音に強い思い入れのない人も、そもそも音に思い入れってなんだという方も含めて、5分ほどこの特徴的な音について、一緒に考えてみませんか?

 まずやっぱり書く時の見栄えが良いですよね。右肩に丸をつけるというちょっとした異質さ。そして丸をつけることが許されるのは、日本語の中でも「は行」だけという特別感。今ではキーボードで簡単にアイヌ語カタカナ(ト゚やㇷ゚など)が出てくるようになりましたが、これもなかなか素敵です。

 それからこの音は、小さい子でも一番初めから発音しやすい子音の一つですよね。喃語(クーイング)から言葉が作られていくとき、「ま行」「ば行」「ん」とならんで出やすいのが半濁音の「ぱ行」。子音を出すために使うのが唇のみであるため、舌の筋肉や歯が未発達でも発声できるんです。だからこそお父さんのことを「パパ」というんでしょうね。由来や言語間の関係性は未調査ですが、英語でも “papa”、ラテン語でも “pater”、ギリシャ語でも “πατέρας” [pateras]、韓国語でも “아빠” [appa]、と、この音が父親と結びつきやすい傾向は世界的にありそうです。

半濁音の歴史

 そんな子どもにも優しい半濁音ですが、日本語の中での激しい生存競争をしぶとく生き抜いてきた、力強さも持っています。大昔は大勢力を誇っていたものの、その後存在感が薄れ、ここ500年くらいで再び勢力を巻き返してきたのです。

 大昔というのは奈良時代くらいまで。この頃は、今の「は行」がすべて半濁音で発音されていたんだそうです。だから中臣鎌足の子である藤原不比等ふじわらのふひとという人の名前も、その頃は「ふじわらのふひと」と書いて「ぷじぱらのぷぴちょ」と発音していたとか。恐らく風呂も「ぷろ」だったのでしょう。

 しかしその後、日本語のは行の音は「ぱぴぷぺぽ」から変化し、半濁音は消えていきます。は行の音は「ふぁ行」や「わ行」や「あ行」の音へと変わり、一部が今の「はひふへほ」として残っていきました。特に単語の最初以外のは行の音からは半濁音が全滅したそうです。一方で、「あっぱれ」など、新たに生まれ残ったものもありました。

 そして今は半濁音なしの生活が考えられないところまで来ていますよね。これは言うまでもなく、江戸時代以降の外来語の流入が関係しています。当時の先進国の言語には例外なく半濁音の音があり、できるだけ外来語を正しく発音するためには、「ぱぴぷぺぽ」の力を認め復活させるしかなかったのでしょう。同じようにこの頃には “wi” “we”を表わす表記として「ヰ」「ヱ」も復活しましたが、これらは戦後に廃止されてしまいました。かたや半濁音の表記及び発音は廃止を免れ、奇跡的に現代に残っていくことになるのです。そんな波乱に満ちた半濁音の歴史そして復活を実現させた生命力は、われわれを強く引き付けて止みません。

半濁音のパワー

 半濁音の付いているものは、知らず知らずのうちに生活に浸透し、多くの人に強い影響を与えてきました。上の短歌で出てくるポリプロピレン、ポピュリズム、ペスト、パプリカもそれらの例かもしれません。特にプラスチックの名前は、何かと半濁音が付きがち。炭素の付いた小さな分子をたくさん(ギリシャ語で “πολυ” [poly])くっつけて作ることからの名付けですが、それはさておき口ずさみたくなる感じがしますよね。そしてよく水を弾きそうな、プラスチックそのものの特性もなんとなく感じられる、ピッタリの名前だと思うわけです。他のものには当然、マーケティング戦略で意図的に命名されたものもあるでしょうが、半濁音の魔力がなかったら流行らなかった、という可能性も十分あるわけです。

 では静かだという「オペレペレケプ」とは。これは北海道帯広おびひろ市の地名の由来となったアイヌ語。「川尻が幾重にも裂けているもの」という意味と考えられています。アイヌ語では主に半濁音で発音されましたが、和訳するときには濁音に改められました。当時の日本人がより馴染みやすい音に変わったのです。十勝開拓の拠点となり、道内では中心性を持つ帯広市ですが、2040年には消滅可能性都市すれすれのラインになると予想されています。もちろん半濁音の力がすべてだとは思いませんが、これが半濁音のままであったら、それだけでも違う未来があったかもしれません。

 私たちは半濁音の持つ力を信じております。長い時代の流れの中でポジティブな立ち位置を維持している半濁音の力を心から信じることで、救いがあるのです。

プランシスコ・ザピエル


*文中の「半濁音」は、全て無声両唇破裂音[p]のことを指しています。かつての日本語では、静音・濁音・半濁音という区別が(少なくとも話者により自覚的に)なされていないと考えられるため、発音の記述として学術的には不正確ですが、馴染みやすさを重視して「半濁音」と表記しています。

*この文章はあくまで娯楽的内容であり、同時に完全な創作です。学術研究などを参考にした記述を含みますが、全ては史実に基づきません。また、ゑひ[酔]や上原・若洲個人のスタンスや価値観とも一切関係がありません。


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