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BOOK REVIEW 『THE ART OF RON COBB コンセプト・アーティスト ロン・コッブの仕事』 優れた映画には腕利きのコンセプト・デザイナーが必要なのだ

 ロン・コッブ(1937〜2020)の名前を知らないSF&ファンタジー映画ファンはいないが、ひょっとするとこの偉大なアーティストの仕事を意識していなかった映画ファンもいるだろう。でも彼らだって『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアン型タイムマシンや、『エイリアン』でギーガーのデザインしたビッグ・チャップが徘徊する殺風景かつ機能的な宇宙船ノストロモ号、『スター・ウォーズ/新たなる希望』のカンティーナ酒場で一際目を引くハンマーヘッド・エイリアンといったコッブの仕事を強く覚えているだろう。

『THE ART OF RON COBB コンセプト・アーティスト ロン・コッブの仕事』

 本書は“コンセプト・アーティスト”としてロン・コッブが残した作品群を編み直したもので、2019年に始まったコンセプト・アート協会が携わっている。コンセプト・アート協会はコッブを史上初のコンセプト・アート・アワード生涯功労賞にノミネートし、その仕事をこうして1冊の本にまとめる仕事をサポートした。コンセプト・アートとは映画やゲームで描かれる世界を最終的にまとめる前にイラストレーションとして作り上げる仕事である。
 コッブが映画のコンセプト・デザインを行うきっかけは、ジョン・カーペンターが監督した『ダーク・スター』(1974年)だった。本作で脚本を担当したダン・オバノンはコッブと交友関係にあったが、映画製作時には疎遠になっていた。1973年に映画を長編化するにあたって、オバノンはコッブに協力を仰ぎ、サーフボード状の宇宙船ダーク・スター号の三面図を描いてもらったのだ。
 ロン・コッブが初めて映画に携わったのは1959年、ディズニーのアニメーション『眠れる森の美女』からだ。映画が完成するとディズニーはコッブを解雇した。その後、3年にわたりベトナム戦争に従軍、除隊後に反体制的な編集方針のアングラ新聞『ロサンゼルス・フリー・プレス』に風刺漫画(本書では「カートゥーン」と表記される)を発表するようになる。「政治的な主張をするカートゥーンよりも政治を風刺するカートゥーンを描くほうが好きだ」というコッブの姿勢は、のちにアメリカ西海岸で過激化するZINEの発展を予感させる。10年にわたりカートゥーンを描き続け、限界を感じたコッブはレコードのジャケットや雑誌『フェイマウス・モンスターズ』の表紙絵も手がけた。これら、コンセプト・アート・デザイナーとして活躍する前に手がけた仕事も収録・紹介されているのも本書を興味深いものにしている。
 ロン・コッブに憧れていたジェームズ・キャメロンが『エイリアン2』(1986年)を監督する際、あらゆるSF出版物を取り寄せ、そこでコッブが『エイリアン』でデザインしたリアルなノストロモ号に感銘を受け、電話をかけるエピソードも印象的だ。キャメロンはコッブにいきなり電話をかけてアポイントを取り、SF映画のビジュアルについて話しあい意気投合する。そこでコッブが生み出した、映画の舞台になる惑星アケロンの風景や海兵隊のドロップシップは前作とはまた違うビジョンを生み出すことになる。
 コッブの仕事に大きな影響を受けたのはキャメロンだけではない。スティーブン・スピルバーグは『未知との遭遇/特別編』で巨大なマザーシップの船内のビジュアルを、『レイダース/失われた聖櫃〈アーク〉』ではナチスの全翼機などのデザインをコッブに依頼した。スピルバーグはロン・コッブに新企画『ナイト・スカイズ』を監督するよう促した。脚本にジョン・セイルズを交えて、宇宙人遭遇事件の古典である「ケリー・ホプキンスビル事件」(1955年、ケンタッキー州ホプキンスビルの片田舎ケリーに住む一家が宇宙人と遭遇、銃撃戦になった事件)の映画化を企んだのだ。

ケリーホプキンスビルの宇宙人の目撃再現図。本書に収録
されたコッブのデザインは邪悪な雰囲気を
漂わせたものになっている

 しかしUFO事件の当事者家族から訴訟をちらつかせる連絡があり、やがて企画自体がスピルバーグが監督する『E.T.』に変わっていった。スピルバーグは『ナイト・スカイズ』の契約書にあったキャンセル料に加え、映画の純益の1パーセントをコッブに支払った。その額面は100万ドルになった。
 以上は本書で紹介されたロン・コッブの人生の一部だが、彼が携わることで印象をより強くした『コナン・ザ・グレート』や『スター・ファイター』、『ロボジョックス』に『トータル・リコール』など貴重なデザイン画が満載だ。映画のみでなく、ゲームのコンセプト・デザインから未来の戦争ビジュアルまで多くのコンセプト・デザイン画が収録されている。それらを眺めるだけで、ハリウッドのSFファンタジー映画を支えたコッブの想像力に圧倒される。優れたビジョンを持つ才能に満ちたデザイナーが映画の世界を豊かにする。宇宙船だけではない。その世界にあるピクトグラムのような細部に至るまで、優れたデザインが行き届いた映画に貢献した男の人生と今も絶えることのないその影響に感嘆する1冊だ。(田野辺尚人)

THE ART OF RON COBB コンセプト・アーティスト ロン・コッブの仕事
ジェイコブ・ジョンストン/著
高橋ヨシキ/監修・翻訳
玄光社刊、4200円+税


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