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映画秘宝インタビュー傑作選2 トッド・フィリップス「僕は『ハングオーバー!』を劇場でワイワイ楽しんでもらうために作った」 後に『ジョーカー』を世に放つ鬼才、最初期の取材!

取材・文:町山智浩
初出:『映画秘宝』2010年4月号

 ここはラスヴェガスのシーザーズ・ホテル。その名の通りローマ帝国をコンセプトにした高級カジノ・ホテルだ。このホテルはバチュラー・パーティの名所でもある。結婚前の花婿を囲んで男友達たちが独身最後のバカ騒ぎをする。要するに「飲む、打つ、買う」だ。ところが映画『ハングオーバー!』の主人公4人組は翌日目が覚めると昨夜の記憶がない。部屋にはなぜか虎と赤ん坊が……。そして肝心の花婿がどこにもいない! 結婚式は明後日なのに!
『ハングオーバー!』は有名スターは1人も出演してないにもかかわらず、アメリカだけで270億円を超えるスーパーメガヒットになった。そのおかげでのDVD発売記念を兼ねた大ヒット祝賀パーティがこのシーザーズ・パレスで開かれたのだ。筆者はそこに招待され、トッド・フィリップス監督にインタビューした。もちろんカジノで遊ぶ前にだよ!
「公開時はたいして宣伝してもらえなかったね。テレビCMも少なかったし」
 トッド・フィリップス監督は苦笑する。
「でも、最高の宣伝とはその映画そのものだ。『ハングオーバー』は一般試写を300回もやった。映画そのものが面白いなら宣伝なんか要らない。ただ観せればいい。そうしたら、翌日学校や職場で面白かったと話すだろ。それで評判が広まるんだ」
 トッド・フィリップスは『ハングオーバー!』には絶大の自信があった。彼は予算が足りないぶん、自分の監督としてのギャラを放棄した。その代わりに映画がヒットした場合、利益の数パーセントを受け取る契約にした。その結果、彼は大金持ちになった。
「ジョージ・ルーカスにとっての『スター・ウォーズ』だよ(笑)」

●ノリと即興が生み出すケミストリー!

 トッド・フィリップスは他の「やとわれコメディ監督」とは違う。彼は実はあの大ヒット作『ボラッド/栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』を監督するはずだったが直前で降りたという。
「あの映画はサシャ・バロン・コーエンの映画だった。僕の映画じゃなかったからだ」
『ハングオーバー!』は完全に彼の映画だ。なぜなら映画の重要な部分のほとんどは脚本にはなく、フィリップスが書き加えたものだからだ。
「脚本はPG13な内容だったよ。結婚式直前の独身最後のパーティで主人公たちがラスヴェガスで一晩ハメをはずして目覚めると花婿が行方不明、それだけの話だった。でもヴェガスの独身パーティなら、R指定でなきゃおかしいだろ? だから僕は、主人公たちが目覚めると部屋にトラがいることにした。赤ん坊もいることにした。乗ってきた自動車がなぜかパトカーに変わってることにした。マイク・タイソンも登場させた。そして、このハングオーバー(二日酔い)を起こした犯人を、花婿のヘンな兄弟(ザック・ガリフィアナキス)にしたんだ。彼のキャラクターも脚本になかった。僕はザックを知って、彼のためにこの役を書き加えたんだよ」
 ザック・ガリフィアナキスは第2のジャック・ブラックと言われているコメディアン。『ハングオーバー!』では部屋で発見した謎の赤ん坊の腕をつかんでオナニーの真似ごとをさせる。
「あのギャグはザックが考え出したんだ。現場でやらせたら『本当にこんなの撮影するのか? 法的に許されるのか?』ってビビってたな」
 トッド・フィリップスは『ハングオーバー!』で現場での即興やアドリブを多用した。特にアジア系マフィアのボスを演じるケン・ジョーンのブチギレた演技はほとんどアドリブだ。
「ケンは地球上で最も狂った男なんだ」
 フィリップスは言う。なにしろ、ケン・ジョーンがベンツのトランクから全裸で飛び出すシーンはシナリオには全裸などと書いていなかったのに、彼が現場で「裸のほうが面白いから」って言い張るから裸にしたのだ。
「『ハングオーバー!』でケンの出演シーンはみんなアドリブで、好き勝手にやってもらったんだ。今回出るDVDには映画の中で使えなかった分も含めて8分間のテイクが入ってる。とにかく何でもいいからしゃべり続けてくれと言って、何度も何度も撮った。しかも僕は『カット』と言わないで、ケン・ジョーンにしゃべりっぱなしにさせた。彼はそのうちに『意識の流れ』というか超意識状態でうわごとみたいなことまで言い出してメチャクチャおかしいよ」
 つまり『ハングオーバー!』の強烈なギャグの多くは、現場で監督と俳優たちがノリの中で作り出しているわけだ。
「ノリを作り出すのはケミストリーだ。ケミストリーは俳優たちの関係から生まれる。だからキャスティングがいちばん大事なんだよ」

●撮るぞ、『ハングオーバー2』!

『ハングオーバー!』のメガヒットで、続編が期待されているが。
「『ハングオーバー2』は今年の夏に撮影する予定だ。その前にドニーやザックと作ったもう1本の映画『デュー・デート(出産予定日)』を完成させる。ちょうど2日前にクランクアップしたばかりだ。ロバート・ダウニー・Jrとザック・ガリフィアナキスの共演で、2人の最高傑作になると思う。とにかくコメディ映画にとって最も大切なのはキャスティングなんだ」
『ハングオーバー!』1作目は監督料まで辞退するほど限られた予算で作られたが、続編はいくらでも予算をかけられるのでは?
「スケールをデカくする気はないね。映画会社に増資は求めてない。予算をあと100億ドル増やしてもスペシャル感は出ないと思うし。僕はただ、あのハングオーバー仲間たちともう一度集まれるのが楽しみなんだ」
 でもハングオーバーで失った記憶を取り戻すというプロットはまた使えない。
「うん。続編については、きっとこう予想してる人が多いだろうね。『ハングオーバーで記憶を失ったあの晩をちゃんと描くんだろう』って。でも、続編だからって最初の映画と関係している必要はないんだ。とにかく、いいケミストリーを作りあげるキャラクターたちがいればいい。そいつらを何かの状況に放り込んでやれば、後は勝手に面白くなるんだ。結局『ハングオーバー!』で大事なのはトラやアクションなんかじゃなくて、あの4人の男のキャラクターだ。それが武器なんだ。コメディとはそういうものなんだよ。たとえば『ウェディング・クラッシャーズ』の続編を作るとしても、また結婚パーティに忍び込む必要はない。オーウェン・ウィルソンとヴィンス・ヴォーンのコンビがいればいいんだ」

●G・G・アリンは短小ペニス症候群!?

 キャスティングが最も大切と語るフィリップス監督は『ハングオーバー!』でマイク・タイソンに本人の役を演じさせ、彼のスイートな面を引き出した。フィリップスのデビュー作は『全身ハードコアG・G・アリン』だった。それは、レイプや殺人を歌い、ステージで脱糞して客に投げつけるパンクロッカー、G・G・アリンが死ぬまでを追ったドキュメンタリー映画だ。もし、G・G・アリンが存命だったら俳優としてキャスティングしただろうか?
「そうだね。『デュー・デート』のザックの役をやってもらっただろうな。彼のドキュメンタリーを前に作ったんだが、日本でも公開されたらしいね。アリンは一度もアメリカを出たことがなかった。何度も刑務所にブチ込まれたからパスポートを持っていなかったんだ。だから海外では伝説的な存在になってるんだよね。実はちょうど2人の監督からG・G・アリンの伝記映画を作りたいっていう相談を受けたばかりだよ」
 ところで、初めてG・G・アリンのこどもみたいなチンチンを見て、どう思いました?
「(笑)。あのドキュメンタリーを精神科医に見せて聞いたことがあるんだ。彼はステージで全裸になって自分の体を切り刻んだりするんですが、その怒りはどこからくるんでしょう? するとその精神科医は『短小ペニス症候群でしょうね』って言ったよ」
 ところで、このインタビューの段階では、『ハングオーバー!』は日本では劇場公開されずにDVDのみの発売と発表されていた。そのことについて聞いてみた。
「DVDだけじゃなく、デジタルによるネット配信によって、映画を映画館ではなく、自宅のテレビで観る人たちはどんどん増えていくだろう。たとえば、そうだな『ザ・ロード』みたいな文芸ドラマは自宅で、恋人と2人で観てもいいだろう。でも……」
 でも?
「でも、家にいくらデカいテレビがあったとしても、たとえば『トランスフォーマー3』を金曜の夜にみんなでワイワイ劇場で観るのと同じ楽しさは経験できない。人々が映画館に行くのは、映画を観たいからではなくて、その経験がほしいからだ。だからいくらテクノロジーが進んでも映画はコンサートと同じで時代遅れにはならないと思う。そして、僕は『ハングオーバー!』をみんなで共有する体験として楽しむように作った。同じ空間で観ている人々のエナジーを互いに得るからいいんだよ」
 この後、『ハングオーバー!』はゴールデングローブ賞で最優秀コメディ作品賞に輝き、その日のうちに日本でも劇場公開が決定した。フィリップス監督はコメディは出演者とスタッフが醸し出すケミストリーだと言う。彼の映画を映画館で観て、そのケミストリーに観客も参加することができるのだ!

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