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僕の小さな友達と約束。

私がまだ、小学3年生くらいの頃。家の裏庭のブロック代わりに植えていた木の枝に、小さな鳥(何の鳥だったのかは覚えていない。)の巣があるのを私は見つけた。

いや、それは偶然見つけたと言ったほうがいいのかもしれない。鳥だって、外敵から巣を守る為に、そう簡単に見つけられないようにしているだろうから。

それは、幼い私(以降、僕とします。)が家のトイレに入っていた時のこと、そのトイレの小窓の外をぼんやり眺めていて僕が”くしゅん”とくしゃみをした時いきなり”ピィー!”というかわいい声が聞こえてきたのだ。しかも同時に、そこから小さなかわいい頭が、4っつもその巣から出てきたのだった。

ビックリした。本当に突然だったから。

どうも僕のくしゃみが、母鳥の餌を持ってきた合図と間違えたようだった。その証拠に、かわいい小さなくちばしを、空に向って駄々をこねるみたいにあけていた。しばらくピー、ピー、と鳴いていたけど、やがて親がいないのがわかると、また巣に引っ込んでしまった。まだ目も開いていないようだ。音だけが頼りなのだろう。

僕は今度は、両手でパチン!と思いっきり鳴らしてみた。音が大きければ大きいほど、”ピー!”とまた元気よく顔を出してくれた。”あぁ、なんてかわいいんだろう。”その餌を求める姿が、一生懸命でとっても健気。思わずじんわりと心があったかくなる。調子に乗って、僕は5回くらい繰り返した。

ピー、ピー、ピー(お母さんはどこ?どこなの?)小さなくちばしがそう言ってるみたいだった。”ダマしてゴメンよ。でも、君の顔が見たかったんだ。”僕も、ちょっとだけ罪の意識があって、そんなふうに心で詫びた。

ピー、ピー、ピー”いいよ。僕達だって、君とこうして遊びたいのさ。ピー、ピー、ピー。”元気な小鳥の赤ちゃんが、幼い私にそう言ってくれているような気がした。

あの頃、僕には友達なんて誰もいなくて、いつもひとりで遊んでいたから、こんな小さな新しいお友達に、飛びあがるほどうれしかった。ピー、ピー、ピーなんてかわいい僕の小さなお友達。それは僕と小さな友達だけの小さな小さな秘密にすることにした。親に話したらなんとなく、その大切なものが消えてしまうような気がしたから・・・。

それから僕は、トイレに入るたびに、パチンと手を鳴らし”ピー、ピー、ピー”と明るく鳴く小さな友達と遊んでいた。

”あぁ、よかった。今日も君達は元気なんだね。早くそこから飛べたらいいね。””ピー、ピー、ピー、あぁ、元気だよ。声だって、こんなに大きいのさ。もう少ししたら、お空だって、きっと飛べるようになるさ。”

”あぁ、いいなぁ。空を早く飛べたらいいね。そしたらさ、こんな”小さなトイレの窓”からじゃなくあの広い公園で、僕と一緒に思いっきり遊べるのにね。”

ピー、ピー、ピー、いいね、いいね。大きなお空で遊べたらいいね。そしたらさ、こんな”小さな巣の中”じゃなく、広いお空で君と思いっきり楽しく・・・ピーピーピー!なんて楽しいことなんだろう!”

それが、僕と小さな友達との、とても大切な約束だった。いつかきっとそれは叶うと、僕はずっと信じていた。

ある日、僕はその小さな窓からいつものように”パチン”と小さな友達を呼んでみた。

シーン、・・・としている。あれ?もう1度鳴らして見た。でも、シーンとしている。どうしたんだろう?こんなこと、はじめてだ。まるでそれは玄関を開けたまま、急いで外に出かけてしまったみたいだった。

出かけてしまった?

あれ?もしかして、もしかすると、ひょっとして、とうとうお空を飛べたのかなぁ?だとしたら、すごいなすごいな。どこのお空を飛んでいるのかな?僕はもう、うれしくてうれしくて、ドタバタと急いで外に飛び出して、あの小鳥達を広い空の中に探していた。

もちろん、すぐに見つかる事もなかったけど、”まぁ、巣はまだあるんだからまたすぐに戻ってくるよね。”と思いなおし、僕はまた家に戻った。

それから幾日か過ぎても、巣は留守のままだった。まるでそれはすっかり忘れ去られてしまったかのように、ただポツンと置かれていた。

僕はふと、不安になった。僕は外に飛び出して、また、空を大きく見上げた。空はどこまでも深くて青く、僕の心と違ってとても穏やかだった。

家の裏に回って、巣のある場所に僕は立った。巣を見上げても、そこに何もなかった。そのとき、ふと、僕は何かに気付いた。僕の足元の冷たい地面に、小さなやわらかい物が、いくつか転がっていた。よく見ると、それは僕の小さな友達だった・・・。

羽根はちぎられ、首は折れ曲がっていた。

たぶん、ネコの仕業だった。

幼い私の目の中に、友達の無残な死骸がありのままに映っていた。”あっ”という小さな声が僕の口から漏れた。ただ、それだけだった。驚きのあまり、それ以上、声がもう出なかった。そこに僕は、どれだけの時間、立ち尽くしていたのだろう。僕の耳には、まだ、あの小さな友達のピー、ピー、ピー、という鳴き声がどこからか聞こえていた。

”ピー、ピー、ピー、

君にさよならも言えなかったよ。

ゴメンね。ピー、ピー、ピー・・・”

やがて、気付けば心配そうに、母が僕の顔をのぞき込んでいた。「どうしたの?どうしてそんなに大声で泣いているの?何があったの?ねぇ」僕は、母に何も言わずに、ずっと、ずっと、泣いていた。だって、これは、僕と小さな友達との絶対秘密の約束だもの。あの広い公園で、僕と一緒に遊ぶって、友達と約束したんだもの・・・。

・・・・・・・・・

いつしか僕は、またひとりきり、あの公園で遊んでいた。ずっと、ずっと、あれからひとりきり、僕は遊んでいたんだ。いつか、あの小さな友達が、あの透き通るような青空から、僕にこう言ってくれることを、ただ、ただ、信じながら。

”ピー、ピー、ピー、

ごめん、ごめん、

君に随分待たせてしまったね。

さぁ、早く遊ぼうよ・・・。”

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一