見出し画像

雨と少年。

雨が降ると時折、思い出すことがある。

あれは確か、私が小学2年くらいの時だったと思う。学校から一人で家に帰る途中、突然、大雨が降り出した。慌てた私は近くの家の軒下で雨宿りをした。傘がなくてとても困ってしまった。

そこは田舎道でまわりには誰もいない。雨の音だけがひどくなる一方で、私はとても心細くて、今にも泣きそうになっていた。そんなとき、私は声を掛けられた。

「お前、傘がないのか?」

振り向くと、そこには傘をさした小学6年くらいの少年が立っていた。私は”こくり”とうなずくと、少年は私をその傘に入れてくれた。

「こっちか?」と少年は道を聞き、私はまた、”こくり”とうなずき私の家へと歩いて行った。少年は黙ったまま、私が濡れないように傘を持っていた。私は恥ずかしさもあって、うつむいていたけれど、とても不思議な気持ちで彼のその手を横目で見ていた。

やがて家の前に着くと私は「ここ」とひとこと言った。少年は「そうか」と言うと、にっこりと微笑んで、そのまま行ってしまった。

私が家に入ると母が心配そうに聞いた。

「雨がひどかったけど大丈夫だった?」

私は知らないお兄さんが傘に入れてくれて、家まで送ってくれたと母に言った。すると母は、少し驚きながらも私に言った。

「へぇ、それはよかったね。ちゃんとお礼を言ったの?」

そう言われて、私は初めてあの少年に、何のお礼も言っていないことに気がついた。私は自分の傘を持って、急いで少年を探した。けれどももう、どこにも見つからなかった。

それから私は学校であの少年を幾度となく探した。確か同じ制服を着ていたから同じ学校のはずだ。顔も何となく覚えている。それでも、結局見つからなくて、いつしかそのままになってしまった。

もう随分と昔のことなのに、ただ、それだけのことだったのに、今も突然の雨に困ると、あの少年を思い出す。

雨宿りしながら雨が止むのを、私はひとり待っている。
すると、心の中であの少年が、また私に声を掛けてくれる。

「お前、傘がないのか?」

私は「うん」とひとこと答えて、少年と歩いてゆく。
そしていつも、心の中で私は想う。

雨を見上げ小さく微笑み

「ありがとう」とその度に。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一