見出し画像

いつか心の片隅で。

この頃、私は接客をしていたり、仕事仲間と話をしていたりするとき、よくこう思うことがある。

どんなに幸せそうな人も、どんなにうれしそうに話している人も私たちは、その人の会話や仕草や行動からしかわかっていない。うまく言えないけど、誰かの心は、私たちが思うほどそのすべてを見ているわけじゃない。

それどころか、ほんの一部でしかないのだろう。

その会話の中で、私はその人のことをいろんなふうに考える。でも、結局それは私が勝手に考えているその人のイメージにすぎない。そのイメージは、決してその人自身をうまく表現してはいない。

それは、ふと、こんなことを思い出したからだ。

昔のこと、レジのアルバイトで若い女の子がいた。彼女はとても気の強い子だった。仕事も出来たし、無駄な事が嫌いで仕事の段取りもよく、レジを打たせたら誰よりも早かった。

ある日のこと、レジが混雑していて、そのアルバイトの彼女がレジを一生懸命打っていたときのこと。あとでわかったことだけど、レジに途中から割りこんできたおばさんに彼女は気がつかないで、先にレジを打ってしまったのだ。次にレジを待っていたサラリーマン風の中年男性のお客さんが、その行動に怒ったのだ。

「俺が先だろうが!」

怒鳴られたのは、その割りこんだおばさんのほうじゃなくて、レジを打っていた彼女のほうだった。割りこんだおばさんは、レジが終わると、すぐにどこかへ行ってしまった。

「順番をよく見ないか!」とまたレジの彼女は怒鳴られた。

叱られていてもレジは混雑している。「すみません」と軽く言って彼女はそのままレジを続けた。(心の中では、”うるさいな、このおじさん”くらいに思っていたのかもしれない。)しかし、彼女のその態度がその中年男性には、当然かもしれないが許せないものだった。

「なんだお前のその態度は!」

その声は少し大きなものになっていた。離れた場所で接客中だった私は、少し気にかけながらも、彼女の様子を見ていた。「申し訳ございませんでした」と彼女は深くお詫びをしてはいたけれど、唇をかみ締めたようなその顔は、決して心からお詫びをしていないような感じだった。

”悪いのは私じゃない!”そう言う彼女の心の叫びが私には聞こえるような気がした。もちろん結果的には彼女の態度の悪さは決して誉めたものじゃない。

「お前じゃ話にならん!責任者を出せ!」

結局、私がお詫びをすることになった。それでもレジは忙しかった。本来ならその彼女と一緒に私がお客さんにお詫びするところだったが、他に店員がいなかったので、彼女にはそのままレジを打ってもらい、私だけがそのお客にお詫びをすることにした。

「私の教育不足です。申し訳ございません」と。

何度となくお詫びをし、やがて、その中年男性のお客は、それでなんとか納得して帰って行った。”ふぅ”と私はため息ひとつだけついて、彼女のレジを手伝おうと思った。

すると・・・

彼女はひとり、レジで泣いていた。
泣きながらレジを打っていたのだ。

今思えば、代わりの者は誰もおらず、彼女は泣いていても、そのままレジを打ちつづけるしかなかったのだ。”なんて残酷な事を彼女にさせてしまったのだ”と私は自分を殴りたい気持ちだった。

しかし、そのとき私は不思議とこんなふうに考えている自分がいた。”彼女は絶対に泣く子じゃないのにどうして…”と。

「洗面所に行っておいで」私は彼女に小声でそう言うと、代わりにレジを打った。彼女は私にペコリと会釈ひとつだけしてその場を後にした。泣いていた彼女に、並んでいるこのお客さん達は何も表情を変えていない。なんだか彼女の気持ちを誰もがみんなわかっていないような気がして、私は虚しくなりながらもひとり、レジを打っていた。

彼女の仕事は、あと1時間あったのだけれど、私は彼女に早退させた。そのほうがいいだろうと思ったからだ。「すみませんでした」と元気なく小さな声を私に残して彼女はひとり帰っていった。その姿に”明日、ちゃんと店に来てくれるだろうか?”と私はとても心配になった。

つまり、彼女は自分自身が叱られるのは、どうでもよかったけれど、自分のせいで他人(私)が叱られるのは、どうにも自分を許せなかったのだ。私は誰かを呼んででも、彼女にレジをすぐに代わらせるべきだったし、彼女の前で、私がそのお客にお詫びをするのもまずかった。

いろいろな後悔が私の中で生まれては残っていった。

・・・・・・・・
翌朝、彼女は明るい声で私にこう言ってくれた。

「おはようございます!」

それは彼女のいつもと同じように、とても明るい元気な声だった。まるで昨日のことなんて何もなかったみたいだった。私は単純にそれがうれしかった。そして、その時、私は心の中でこうも思っていた。

やっぱり彼女は”強い子”だなと。
でも、それが彼女のすべてじゃないと
心の片隅で思いながらも。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一