ふりかけ売場と不機嫌な人。

「ふりかけはどこにあるん?」
背後から不意にお客さんに尋ねられた。

私は売場で必死に補充作業をしていたカップめん(日替わりの特売品。お一人様、2個まで。でも6個買う人は買う。ほんとに。)を持つ手を止めて、ご案内した。

そのお客さんは、50代くらいの中年のおばさんで、その売場までご一緒したのだけど、ずっと不機嫌そうな顔をしている。私のどこかが、いけなかったのか?それとも作業に熱中してたのが、やっぱり、まずかったのかなぁと少々反省しながらも、私は10%増しの笑顔で、その対応をした。

ふりかけ売場で足を止め、「こちらです」と少々語尾を上げながら、さわやかそうに右手を差し伸べる。そんな自分にとっての好感度100%の応対で”今度はどうかな?”とそんな気持ちで、そのお客さんの表情を確認する。

・・・やっぱりどこか不機嫌そう。

「ありがとう」の言葉もなく、何か考え事をしているみたいに、よそをプイと向いている。ただ、虫の居所が悪いのかなぁ?と私は少々残念に思った。まぁ、お客さんに、当たり前のように感謝されることを望むのは店員の勝手な思いでしかないだろう。「ごゆっくりどうぞ」の言葉を残して、私はさっきの作業に戻ろうとした。

そのとき・・・。

そのお客さんが、いきなり私にこう言い始めた。

「うちにね・・・」

「えっ?」と私は思わず聞き返す。それがとても”いきなり”だったので、私はよく聞き取れないでいた。その中年のおばさんが私の目を見てもう一度言う。

「うちにね、遊んでる息子がいるんだよ」

何を言い出すんだ?このお客さんは。”ふりかけ”とその遊んでる息子と、何か関係でもあるんだろうか?いや、そんなものはないだろう。ほんの少し深刻そうな感じもある。私はそのおばさんの、言葉を神妙な面持ちで聞いた。

「息子がね、いい歳なんだけど、ずっと仕事もしないでね。そりゃ、仕事はしてたんだけどね、リストラでね、結局、自分から辞めてね。その挙句の果てに、占い師にだまされちゃってね、200万円も損をしたの。まったく、どこでどう間違っちゃったのか、本当にダメな息子でね」

そのため息に、さっきまでの不機嫌そうな表情が、とてもやわらかなものになる。「はぁ、そうですか・・・」と、私は少々同情しつつも、そのやわらかな表情に(そのおばさんには悪いんだけど)うれしくも思っていた。なんだ、やっぱり優しい人じゃないかと。

そして、そのおばさんは、私にこう、お願いしてきた。

「もしもよかったら、この店で、息子を働かせることはできないものかねぇ。もちろん社員は無理にしても、せめて、カート整理でもいいからダメ息子に、何か出来る仕事はないかねぇ。なんとかしてやりたいんだけどねぇ」

その声が、少し消え入りそうになる。そのおばさんの、今抱えてる、優しくも大きな悩みなんだろう。私はゆっくり、答えた。

「いつでも、従業員は募集してますから大丈夫ですよ。その息子さんさえ、よろしければ、いつでもお店に電話してください」と。(アルバイトにはなるけれど、ちょうど今、募集しているところだ。)

そんな私のありふれた言葉に、そのおばさんは大きく私にお辞儀をすると最後に、小さな笑顔で私にこう言った。

「ありがとう・・・」

単純に私はそれがうれしかった。ただ、売場案内しただけなのに、なんだか特別な人にしか打ち明けられないような悩み事を、私に話してくれたみたいで。それにしても、必死でラーメンを補充していた、ただの店員でしかない私に、どうしてそんなこと話してくれたんだろう?

・・・なんて。

そんな小さな疑問は残るけれど、今はそんなことよりも、その小さな「ありがとう」のぬくもりが、まだ、私にあたたかい。

がんばって。

次はきっと、”いいこと”の番ですよ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一