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少し寂しい最後のコーヒー。

それは少し寂しい最後のコーヒーだった。

その日は出張だった。いつも、出張の際には利用している喫茶店みたいなところがある。そこは、駅の出口のすぐ近くにあって、おいしいコーヒーといろんなサンドウイッチが楽しめる店だ。私の大のお気に入りだった。

過去形で書いた時点で私の言わんとする意味が、わかってしまうのだけれども、つまりは、今ではお気に入りではなくなったと言うことだ。

店のBGMは、私の好きなフュージョン系のリラックスできる音楽。その選曲も素晴らしく、思わずリクエストしたくなるほど。

その日もその店に立ち寄った。いつものおすすめメニューを頼んだ。セットでワンコインという手頃な値段もなかなかいい。

でも、店員の女の子に、なぜかまったく笑顔がなかった。今更ながらに思ったのだけど、笑顔がないとお客である私はなぜか不安になってしまう。「もしかして、私の注文の仕方が、何か間違っていたのか?それとも、私の何か言い方やその態度が、不愉快にさせるものだったのか?」そんなふうに、私はとても心配になってしまったのだ。

そこの店の教育はよく出来ていて、私はそれまで接客態度とか、とても感心していたのだった。

新人のアルバイトだったのかもしれない。たまたま何か、彼女の機嫌が悪かったのかもしれない。でも、単なる客でしかない私は、その彼女の無表情の意味が永遠にわかることはないのだ。だから、不安になる。

私の何が、いけなかったのだろうか。”そこまでお人好しなこと、思う必要がないよ”と、誰かに笑われてしまいそうだがそう、思ってしまったのだから仕方ない。私は小心者なのだ。

私はおすすめメニューを頼んだのだが、彼女は”そんなメニューあったけ?”みたいな表情で私にもう1度、聞き返した。私は言い方を間違えたのかと思い、メニュー表に指をさして「これなのだけど」と、もう1度、お願いしてみた。

すると、”あぁ、これか”という感じで、オーダーを取った。それはこの店の”おすすめメニュー”なのに、注文してはいけなかったのだろうか?と私はまた、不安になった。

テーブルで待つこと、10分。いつもなら、5分もかからないのに。やはり、私の選択がまずかったのか?催促しに行こうかと、悩んでいるときにやっと私の注文の品を届けに来た。

またしても、その店員に笑顔がなかった。”お待たせしました”のたとえ、業務的な一言であっても、私はそれで許してあげる気持ちを準備したつもりだった。

まるで私は、世界中の若い女の子に、知らないうちに嫌われでもしたのだろうか?と深刻に思った。ちゃんと私は、私自身のお気に入りのネクタイに紺のスラックス。髪形もちょっと遠目に見れば、若者に見えないでもない。

そう言えばそのウエイターの女の子は、ご機嫌斜めな態度で「別に」とつぶやきそうな某女優さんに似てなくもない。とにかく、レストランで美味しい食事をするときは、やはり、誰かの笑顔で歓迎されながら食べたいもの。

食事の楽しみって、そういうものだ。食事の時に、楽しいことが人生のひとつの目的でもあると言っても過言じゃないと思う。食事の時に楽しくないのは、不幸なことと言い切れる。

楽しくない食事をしている恋人たちがいたとしたら、たぶんどちらかが、別れ話のタイミングを計っているのだろうし、子供がひとり、つまらなそうに食事をしているのだとしたら、たぶん、目の前にあるオムライスよりも、愛を欲しがっているんだろうなと思う。

残念なことに、そんな食事の楽しみを、私は楽しむことが出来なかった。別に怒っているわけではなくて、ただ、あんまりにも残念に思えて。

つまりは歓迎されていないのだと、人はそう思ってしまうと、自然と離れていってしまう。この体もこの心も。

”二度と行くもんか!”というよりも、”ごめんね”という気持ちに近い。たまたまだったのかもしれない。けど、そういう気持ちは意外とやっかいだ。

それにしても・・・
こんな自分の出来事から、接客での笑顔の大切さを、あらためて思い知った。私も何度、同じことを、誰かにしてしまったのだろう。

時計をチラッと覗き見る。
もうすぐ行かなきゃならない時刻。
少し冷めたコーヒーを、慌ててのどに流し込む。

あの店の最後のコーヒーは
少し苦いものだった。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一