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あの頃の虚しい日曜日。

これはもう、昔のこと。私の勤めていた電器屋が、大型店の電器屋にお客さんを取られてしまい、店が閉鎖される前の頃。

その頃はもう、だんだん週末が、週末らしくなくなってきていた。お客さんが少ない。それはもう破滅的と言えるほどに。家族連れもあまり見なくなった。こんな日曜日、みんな何してんだろう?とぼんやりと考える私がいた。

レジでアルバイトがあくびをしていた。それを叱る気の起きない私のほうこそが、叱られないといけないんだろうなぁ、などと思った。

汚れたテレビ画面を何度も拭いたりする。仕事中に流れるお笑い番組は、いつも妙な気分になった。こんなに最悪な状態なのに、何がそんなに面白いんだろう?なんて。

あの頃、いつも売場でテレビを見ている路上生活者のおじさんがいた。「この番組が終わるまでですよ」と独り言のように私はいつも、その人に言った。「すまないねぇ」とおじさんは、その度、私に小さな笑顔を浮かべていた。

もう、お互いに顔馴染みだった。服はそれほど汚れてはいなかったけど、匂いが少しだけ気になってしまう。おじさんには悪いけど、本当に買いたいお客さんが買いづらくなるし、やっぱり一日中はちょっと困る。だから時々、私はそれとなく注意をしていたのだった。

「最近、日雇いの仕事がなくてね」と他人の私に愚痴をこぼしていた。「とりあえず明日がありますよ」と私はテレビを拭きながら答えた。それが聞こえなかったのか、または、何も言いたくなかったのか、おじさんはじっと、テレビを見つめるだけだった。

”傷つけたかな”とほんの少しだけ後悔をした。
本当に大切なのは、明日じゃなくて”今”だってことを
私もちゃんとわかっていたはずなのに。

そんなとき、ふと、別のお客様に呼ばれた。

「遠い田舎に送るから、まとめて買わなきゃならないんだ」

それはもう、60代を過ぎた感じのご夫婦だった。本当にいろいろと商品を買ってくださった。「配達いたしましょうか?」と私は尋ねたのだけど「すぐ必要だからタクシーで持って帰るよ」とおっしゃられた。

私はタクシーを手配した。「これだけの荷物もあるけど、大丈夫でしょうか?」と電話で確認したら「大丈夫でしょう」とのことだった。

でも、実際に来たタクシーの運転手は、その荷物を見て「うちじゃなくて、○○タクシーにすりゃよかったのに」と面倒くさくなったのか、やる気のなさそうな愚痴をこぼしていた。

「他のタクシーにしましょうか」とタクシー運転手に聞こえないように私は小声で聞いてみたけど「せっかく来てもらったのだから」とイヤになるくらい人のよさそうな笑顔を浮かべ、お客さんはそうつぶやいていた。

私が本当に言いたかったのは、そんな意味じゃなくて”やる気のない人のタクシーに乗る必要はないよ”と言いたかったのだ。でも、お客さんは”すみません”と言いながらもタクシーに乗りこんでいた。

荷物はちゃんと、無理なく車に収まっていた。後ろのトランクに、不要なガラクタを入れてなきゃ、奥さんがひざの上に炊飯ジャーを置かなくてすんだのだ。

私はまた、ひとり虚しい気持ちになっていた。でも、あの頃の私もそのタクシー運転手も、あまり変わりはしないのかもしれない。

タクシーを見送り、私はまた売場に戻る。

テレビがまた、笑っていた。

あのおじさんは、もういなかった。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一