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20年前の不思議な再会。

クレーム先のお客様のマンションを出ると、もう、日は沈みそうだった。高校生がコンビニの前を行き来する。私は何をやってんだろうと、ふと虚しく思う私がいた。

店にクレームが終わったことを電話で伝えると、私はまた、駅までの同じ道をひたすら歩いた。こんな時間に、こんな場所にいる自分が、なんだかとても不思議だった。つい、1時間前までは、いつものように店にいたのに、その一時間後には、こんな寂しいような見知らぬ夕暮れの空の下、歩いている。本当に人生は、ほんの小さな未来でさえ、何が起こるかわからない。

そんな帰り道の途中だった。
とても不思議な出会いがあったのは。

向こうから歩いてくる人が誰かに似ていた。そうだ、あの先輩だ!それはとても懐かしい人だった。でも、他人の空似かもしれない。だいたいあの先輩が、こんなところにいるはずがないのだ。

それで私は確かめたくて、じっとその人を見つめ続けた。あともう少しですれ違いそうになる。あの懐かしい歩き方。少し怒ったような寂しそうな顔をして、片手をズボンのポケットに入れ、ちょっと不良っぽく歩いている。間違いない、あの人だ。私が声をかけようとしたときに、その人はチラッと私を見た。一瞬目があった。でも、そのまま通り過ぎただけだった。

私も結局、何も言えなかった。

何か違うような、でも、懐かしいような。あの先輩なら、きっと、私に声をかけてくれたはず。でも、チラッと目があっただけだった。やはり、他人の空似だったのか…

思えばもう、20年近く昔になる。私が電気屋の新入社員のときに、とても世話になった先輩だ。あの頃は、よく遅くまで仕事をしていて、先輩のアパートに泊まらせてもらったことも何度となくあって、私にとっては頼りになる兄といった存在だった。

クレームについて教わったのもあの人だ。あの頃、もしも、あの人がいなかったなら、ただ、若いだけの私はきっと、電器業界の厳しさを前にして2、3ヶ月で逃げるように辞めていったことだろう。私がどんなミスをしても、必ずどこかで見守ってくれてたような、それでいて、厳しくもあり、また、同じくらいのやさしさも備えていて、先輩として、いや、人として私には尊敬してやまぬ人だった。

けれども、間もなく本社に転勤してからは、ちょくちょくはお互いに近況の連絡し合っていたのだけど、私もあちこちに転勤したりして、いつしか疎遠になってしまってた。

そして、先輩の声を最後に聞いたのは、確か15年前くらいだ。スピード出世したはずなのに「俺もいろいろとあってな・・・会社、辞めることにしたよ」なんて言うとても哀しい言葉だった。その言葉を前にして、受話器を片手に、私がうまく何も言えないでいると、先輩はぽつりと、私に小さくこんなふうに言った。

「お前だけには、知って欲しかったからな・・・」

まるでそれは、先輩が今まで誰にも見せなかった心の中の声のようで、そんな言葉が、私に涙をあふれさせていた。あの頃を、昨日のことのように覚えているのに、時はなんという速さで私たちの、あいだを過ぎ去っていくんだろう。

たとえありえない奇跡だとしても、あの人は先輩に違いない。どうして声をかけなかったんだろう。どうして声をかけてくれなかったんだろう。

でも、私は気付いたのだった。

今、冷静に考えると、出会った人は先輩にとても似ていたけれど、面影が、あの20年前のままだった。20年も過ぎたのだ。容姿がそのまま変わらないわけがない。

そうか、やはり他人の空似だったのか・・・それともまだ、知りえない何かが、その人の心を私の心に、何かを伝えにやってきたのだろうか?

そう思うと、なんだかとてもやりきれなくなった。ただ、ただ、哀しくなった。目の前に何か輝くものがあると思って、喜んで近づいてみると、それはただのガラスの破片だったみたいな虚しさ。

そして、今もあの頃と、なんら変わらない私。
何も変わっていない私。

”それでいいよ・・・。”

あの人は私に伝えようとしていたのだろうか。
あの頃みたいに厳しくも、そしてやさしくも。

すれ違うときに、あの人は少し怒ったような寂しい表情をしていた。あの頃、先輩が、よく一人でいる時に、そんな表情をしていた。

そのたび私は叱られているような気持ちになっていた。本当は、いつも何かを考えているときの表情とわかっていても。

あの頃が、私に何かを伝えようとしている。それが何かはわからないけど
私は私なりに頑張ってるから。だから、だから・・・もう、あんな表情で、このどこか空の下を、寂しく歩いていないで。

せめて、あなたは、あなただけは・・・
私にとっての大切な人だから。

それだけはいつも、忘れないでいて。

私はそれでも頑張るから
あなたは、いつも、あなただけは・・・。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一