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北海道と土砂降りの雨と。

私はよく一人旅をした。その頃、まだ、私はひとりだったし、仕事もしてたし若かったし、何よりも、いくらかのお金と時間があった。

最初の一人旅は、ほとんど思いつきだった。仕事の休みが5連休あったのだけど、特に予定もなく、その初日の朝、いきなり北海道へ行きたいと思った。当時、山口の実家に住んでいて、母には「ちょっと北海道へ行って来る」とまるで近所に回覧板でも持っていくような気軽さで言った。

二十歳かそこらだった私は、どこに空港があるのかもわからず、とりあえず、広島まで行って、バスの運行表をにらんでなんとか空港に辿り着いたのだった。

季節は春と夏のあいだだったか、空はなんとなく晴れていたように思う。席を予約すらしていなかった私は、「北海道まで、大人一枚」などとバカなことを言って係のお姉さんをかなり困らせてしまったが、たまたま空席があったのか、搭乗することが出来た。(もしかしたら、係のお姉さんが、うまいこと手続きをしてくれたのかもしれない)

はじめての飛行機も、こんな無謀な一人旅も、不思議と何も怖く思わなかった。そもそも、なぜ北海道だったんだろう?かすかに覚えているのは、とにかくここから一番遠い日本のはしっこに行きたいという、ただ、それだけの思いがあった。たぶん、何かから逃げ出したいという安易な考えだったかもしれない。

北海道の空はほんとうに大きなまるだった。広島の空はビルとビルで切り刻まれて変なひし形にしか見えない。けれども、北海道の空はどこを見ても大きくて、「これを見るためにココに来たんだ」なんて、思ってもいないことをつぶやいたりして、気分は旅人そのものだった。

安そうな寂れたビジネスホテルを予約した。(どこにしようか?なんて雑誌で探すことなく、たまたま駅前に目に付いたから決めただけのことだった。)当然、晩飯が出るわけもなく、夕方、腹をすかせた私は、北海道の美味しいものを探すでもなく、裏通りの、これまた寂れた大衆食堂を見つけて
親子丼を頼んだ。テーブルは二つしかなくカウンターには汚いシャツを着た土木作業員が、ラーメンを食べながらテレビのニュースを見ていた。

私はそれを、とても不思議な気持ちで見ていた。こんな日本のはしっこに来ても、何一つ変わらないことに、なんとなく気持ちは落ち込んでいった。あの頃の私は、一体何を考えていたのだろう?自分のことなのに、全く思い出せない。

翌朝、とりあえず、名所といわれるところに行った。時計台や、赤レンガの建物や・・・そして、忘れもしない外人墓地に行った時のことだ。雲行きが怪しくなって、突然に土砂降りの雨が降りだした。傘を持っていなかった私はとにかく屋根のある場所を探して雨宿りした。なんてことだ。まったく止みそうにない。

そのうちバスがやってきた。(私が雨宿りしたところはバス停だったと後で気づいた。)とりあえず、これに乗れば、駅に着くだろうと思った私はそのバスに飛び乗った。けれどもバスは、まったく見覚えのない風景ばかりを選んでひたすら走っている。駅に向ってないと確信した私は、そのバスを降りた。バスを降りた場所は誰ひとりいなくて、雨ばかりが狂ったように降っていて、まるで私は、そこに捨てられたゴミのような気分だった。

呆然としたまま、ひとり、たそがれていると1台のタクシーがやってきた。これはなんて奇跡なんだ!と驚いた私はそのタクシーに急いで乗り込もうとした。すると、タクシーの運転手は「ダメだよ、勝手に乗っちゃ。ほら、降りた降りた!」と私を邪険に扱った。わけも分からず私は降りた。知らないうちに、知らないおばさんがタクシーの前で立っていた。どうやらこのタクシーは貸切だったようだ。おばさんは、私を横目でにらんでからそのタクシーに乗り込んだ。

そして、私はまた、一人ぼっちになった。情けなくて寂しくて、どうしようもなくて気付けば一人、泣いていた。知らない街で、知らない場所で雨に打たれて泣いていた。

「僕は何をやってるんだろう・・・」

どうしようもないとき、今も時々あの感覚が蘇ることがある。雨の日や、ひとり、取り残されたような時は、記憶がイタズラにあのときを呼び覚ます。

結局私は、そこからひとり、ひたすら歩いた。看板や、建物を目印に、雨の中をずっと歩いた。1時間近く時間をかけ、やがて寂れたビジネスホテルに着くと私は静かに荷物をまとめ、空港へ向った。

また「広島まで大人一枚」などと言ったかもしれないが、ちゃんと帰ってこれたのだから、それなりにどうかなったのだろう。

ひどい土砂降りの雨の日は、いろんな寂しさが私に蘇る。誰かにひどく裏切られたり、冷たいあの目線だったり、いつまでもひとり歩いたときにさえ、まだ、あの見知らぬ風景は、私の頭の中にある。

「僕は何をやってるんだろう?僕はどこへ行くんだろう?」そう思いながら、ずっと歩いた。あのときの思いは、今も変わりはしない。

僕は何をやってるんだろう。
これからどこへ行くんだろう・・・

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一