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夏の花火とふたつの大切なもの。

若いアルバイトの彼女は、信じるべきものを、ただ、守り続けていた。理不尽なお客の要求に、君は毅然とした態度で断った。当然そのお客は君に怒った。

”なんだ、お前はふざけてるのか!”と。

街は大きな花火大会で、どこかみんな浮かれていた。

若者が数人集まれば、みんな、素直な自分を忘れてしまうのだろう。君はこうしてレジでアルバイトをしている。君と同じ年くらいの若者は、こうして君にクレームを言っている。君だって、本当は浴衣姿で大切な誰かと街を歩きたかっただろうに。

よく我慢したよね。私の出る幕も無かったよ。あの時、唇を強くかみしめながら、君は何を思っていたんだろう。

そのクレームが終わった後で、君は、明るくこう言ったね。

「今日は花火大会ですよね。私ね、もちろん花火も好きだけど、なぜかあの花火が終わった後の静けさが、とても好きだったりするの」

そんな言葉を、小さな笑顔で話す君は、まるで蛍のような小さな明かりを
私に灯してくれる。少しだけ赤くなった瞳は、”つり銭を補充してくる”なんて言っても、本当は泣いてきたんだろう。

この世で大切なモノは、ふたつあるんだと私は思う。

それは例えば、大きな花火を見て、心から喜ぶこと。それともうひとつは、その花火が消えた後の静けさに、悲しみをそっと抱えること。

その喜びと悲しみ。

このふたつを忘れなければ、人はちゃんと人生を歩んで行けるのだと思う。憎しみ、嘆くのは、きっと大切な儚い思いを忘れてしまっているのだろう。

今さえ楽しければそれでいいと思うあの若者達よりも、たとえ花火を見に行けなくても、かわいい浴衣姿の君じゃなくても、喜びと悲しみを抱きしめている君のほうが、きっと素敵だと私は思う。

「いらっしゃいませ」と君はまた、レジで明るく答えている。もう、いつもの君に戻ってる。強がって弱い君を隠さなくても、君はちゃんと輝いてる。レジを打つ君をまた、笑うヤツがいるなら、そいつが、笑われるべき人なんだ!

・・・なんて言えば、きっと君は困るだろうから言葉にはしないけど。

花火大会の余韻を残したままで、街は、まるで夏の海のように、家路に戻る人の波でユラユラゆれてた。

明日の現実も忘れたかのように、楽しくはしゃいでいる人たち。手と手を絡め、そっと肩を寄せ合う恋人たち。

ふたつの大切なものたちが、この街にあふれていた。

まるで儚い夏を惜しむかのように。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一