見出し画像

ワープロとベータデッキ

*このエッセイは私の「それでもお客様は神様ですか?」の本に掲載予定だったものが、ページ数の関係で載せられなかったクレーム日記です。かなり昔の短い話(2002年当時の日記)ですが、今も私のお気に入りです。

・・・・・・・・・・

ワープロを、どれだけの人達がまだ使っているのだろう?店頭からワープロが姿を消してから、どれだけの歳月が流れたのだろう。なんてことを、しみじみと思わせる出来事があった。

ご老人のお客様(といっても70代くらいかな?)が私に尋ねてきた。
「インクリボンはあるかな?」
「はい、インクカートリッヂでしたらあちらに・・・」
「違う!わしが聞いているのはインクリボンじゃ!」
「え?インクリボン・・・あぁ、失礼しました。
ワープロ用のリボンですね。
でしたらこちらに・・・」という感じで私はご案内をした。

最近、インクリボンなんてほとんど売れないから、”インク”と言われると”カートリッヂ”という感じで忍者の合言葉のごとく、パソコンプリンター用の方を条件反射的に思ってしまうので困ったものだ。あぁ、失敗失敗、思い込みって本当に恐い。

一応うちの売場にも、EやEWタイプといったポピュラーなワープロ用インクリボンは置いていあるのだけど・・・そのご老人のリボンは、少々特殊なタイプだった。

それで私が、「申し訳ございませんが、こちらのタイプはもう、売場に置いておりませんのでお取り寄せになるのですが・・・」と丁重にお詫びをしたのだけど、そのご老人は・・・

「どうしてないんじゃ!お前の店で買ったんだぞ!なぜないんだ!置いてないとおかしいじゃないか!」と急に顔を真っ赤にして、怒り出したのだった。

確かにそのご老人のおっしゃる通りなんだけど、ワープロの生産がすでに打ち切られた中、ワープロ用インクリボンもうちの売場ではもう、扱わない方向ですらある。今はもう、ワープロからパソコンに変わってしまったという現状を、そのご老人は、よくご理解されていないようすだった。

でも、もちろん、そんなこと言ったとしても、ただのいい訳にしか聞こえないだろうし、私はただ、この現状をお詫びするしかなくて・・・これはとても難しいところだ。

ちなみに、「いつ頃買われたのですか?」と尋ねたところ「10年以上前じゃ!」ということだった。”10年以上前じゃ!”と元気よく言い切られても困るというものだ。よくぞそこまで壊れずに・・・と逆に拍手を送ってあげたい気持になる。(パチパチ)

それで結局、取り寄せる事になった。メーカーに確認したら、メーカーさんもビックリしていたけど、まだ、何とか在庫は残ってると言うことだった。

ご老人も、なんとか私の申し訳なさが通じたのか、それとも一応、やんわりとワープロのこんな現状を説明したのがよかったのか、急に腰が低くなって「えへへ、スミマセンねェ」と愛想笑いをするようになり、逆になんだかとても無気味に思えた。

まぁ、それはいいにしても、ご老人は、私に一礼すると「それではお願いします」とさっきとは別人じゃないか?と思わず思ってしまいそうな(変な日本語だ)感じで帰って行った。

これは推測だけど、ご老人の書斎にあるホコリの積もったワープロを見て”久しぶりに年賀状でも作るか”と思ったんじゃないかと思う。

時代は確実に変わって行っているんだけど、ご老人の中じゃ、なにも変わっていなくて”わしの知らぬうちに勝手に変わるんじゃねェ!”という思いなのだろう。やれやれ。

・・・・
そういえば先日も、こんな事を聞かれるお客様がいらっしゃった。それは50代くらいの男性の方だった。

「ベータデッキありますか?」

ベータデッキ・・・なんて懐かしい響きなのだろう。なんだかまるで、本棚の奥のほうから偶然に古い写真を見つけたような気分だ。もちろん、うちの売場にはベータのビデオデッキなんてものは置いていない。

今はDVDですよ(*これは2002年当時の日記です。笑)と心で思い、にこやかにもうないことを、笑顔で答えたのだけれども「じゃ、うちにあるベータテープ100本はどうなるの?」と聞かれて、私は唖然としてしまった。

もちろん・・・どうにもならない。思わず涙目になってしまいそうだった。

それで、いつ頃買われたのですか?と何の気なしに尋ねたところ「そうだなぁ、あれは10年以上前だったかなぁ・・・」という事だった。

最近、10年以上前が流行っているようだ。みなさん、商品を大切に扱っていらっしゃるのでしょうね。でも、時代はどんどん、そんな人達を置き去りにしてしまうんだよね。

ワープロにベータデッキかぁ・・・そんなふうにしみじみと思っていたら、さっきのワープロのインクリボンのご老人が、また血相を変えて、私のところにやって来た。

「おいおい、ちょっと遠かったが、さっき○○店(超大型量販店)に行ったら、ちゃんとわしのインクリボンが置いてあったぞぉ。どうなってるんじゃ?お前のところの品揃えが悪いだけじゃないか!」

あのう、お客さん、店の規模が違いすぎます!って訴えたくなったけど、やめた。(○○店さん、まだあれが置いてあるなんて凄すぎますよ!)きっとうちの店が悪いのだ!わっはっはだ!ちきしょうーめ!

・・・って思わず投げやりになってしまったけど、そのご老人は、実は本気で怒っていたというわけじゃなく本当のところは、私をからかいたいだけなのだった。

「お前も頑張れよ!」と手を振る茶目っ気たっぷりのおじいさん。「そろそろパソコンにされたらどうですか?」と、私がちょっと皮肉を込めて言ったら

「もう、先が短いからいらん!」って言ってた。

私はまだまだ
長いような気がするのだけど。笑

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一