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誰もいない教室と叱られた日と。

子供の頃、私はいつも、ぼんやりとしていたせいか、ひとり残されることが多かった。あれはまだ、私が中学1年の頃、はじめての英語の授業での出来事だった。今も忘れはしない。あのときの先生の怖い目つき、黒いメガネ。そして、みんなの冷たい視線。

あの時は、まだ、中学になったばかりで、新しいクラスには、ほとんど友達もいなかった。担任の先生の最初の授業が終ると15分の休憩時間、私は何をしていいやら分からずに、ただ、窓から運動場を眺めていた。たぶん、眺めていたのだと思う。

気付けば教室には、私以外に、誰一人としていなくなっていた。そういえば、誰かが英語の授業は別の教室とか言っていたような気がする。普通、まわりのざわめきとか、その誰かの行動に、いくらなんでも気付きそうなものだけど、のほほほんとテンポのずれたような私の頭は、まったくそれに気付かないでいた。

誰もいない。ひとりきり。

時計を見れば、もうすでに、次の授業が始まる頃。あせった。本当にあせった。外に出てそれらしき教室を必死に探した。探した先の教室では数学の授業をしていた。誰かが私を見て不思議そうな顔している。

それもそうだろう。授業が始まっていると言うのに私はひとり、うろうろと、廊下をさまよっていたのだ。私は小さく覗いた窓からしゃがんで、あわてて数学の先生に見つからないように次の教室を探した。

でも、なかなか見つからない。こんな未知の場所で私は、泣きたい気持ちになっていた。そんなとき、廊下の突き当たりの教室で、なにやら英語で話す声が聞こえる。少し開いたドアから見ると、同じクラスの友達が見えた。ココだ、と私は確信をした。間違いなくココが英語の教室だ。でも、どうしよう…あまりにも完璧すぎる遅刻だ。でも、私はその教室に入るしかない。授業の最中、私は勇気を振り絞って、ドアを開けた。

一斉に、みんなの視線が私に集中した。一瞬で静まり返った。その視線に、その静寂に、私はまったく動けないでいた。そして、英語の先生が私を見るなり、怒鳴るようにして言ったのだった。

「お前は誰だ!!」

私は今でもそうだが、人から少しでも怒鳴られるとびっくりして、泣き出したいような気持ちになる。私は誰だ?私は誰なんだ?

「ぼ、僕は”あおきえいいち”です」
声を震わせ、私はやっと、そう答えた。

でも、英語の先生は、まだ、私の名も顔を知るでもなく、ふらふらと入ってきた私のことを、他のクラスの生徒が間違って、教室に入ってきたものと勘違いしたようだった。

「邪魔をするな!早く出て行きなさい!」

その言葉に、私はとても傷ついていた。遅刻したとはいえ、私はココのクラスの生徒だ。それなのに、誰もいない教室に、ひとり戻れとでも言うのか?出て行っても私には行く場所がないのだ。

同じクラスのみんなは、誰も助けてはくれなかった。いや、恐らくは、誰かが助けてくれたのだとは思う。でも、その後の記憶は消えているので、今となっては定かではない。ただ、傷ついた私の小さな心は、”私は必要とされていない”という事実だけが、大きな心の傷として残る結果となったのだった。

私は今でもあのときを思い出すと、ただ怖くて、なす術もなく、私を助ける者は誰もいないというその寂しさに、押しつぶされそうになる。

あの頃からか、いつしか私は最初から、一人でいることを好んだ。みんなと同じ行動は、最初から避けた。なぜ、あのときと同じ状況を心が選ぶのかわからない。心はもう、ひとりで生きる覚悟を決めていたのかもしれない。

まったくなんて馬鹿な考えだろう。

「お前は誰だ!出ていきなさい!」

はじめて見る大人の顔が、
そんなふうに怒鳴っている。

あの光景が、あの言葉が、
今も私から消えてくれない。

私はどこへ、行けばいいのか・・・。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一