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レジの彼女と怖いお客さん。

これはうちの奥さんから聞いた話。

彼女は今、ある雑貨店で主にレジ業務をしている。その日もレジは忙しかったようだ。レジに何人か並んでいた。そのレジを彼女は一人でこなしながら、ふと視線の端っこで、何か嫌な予感がしたそうだ。

・・・何か殺気みたいなものを感じる。

ひとりのレジのお客さんが終わったとき、ふと、レジに並んでいる3番目の最後尾のお客さんを見たそのとき「どうしよう・・・」と彼女は心の中で、震える思いがしたそうだ。

そこには見るからに怖そうな男の人がいた。ついさっき、人を何人か殴ってきた、とでも言いそうな人だったそうだ。何かイライラしたような顔をしている。しかも買い物カゴを持っていない。その手には商品すら見当たらなかったようだ。

そんな人がレジに並んでいる。もはやその目的さえもわからない。

レジには彼女、一人しかいない。彼女は二人目のお客さんのレジをしながらも、心臓はバクバクと音を立てていた。彼女は頭の中で、何度もシミュレーションをしていた。

「金を出せ!」って言われたら、まず、えぇっと、どうするんだっけ?この防犯ブザーのボタンを押して、そして、人を呼んで、このすき間から走って逃げて・・・。いや、まずはお金を出した方がいいかな?・・・

そんなことを繰り返す。

そうして二人目のお客さんが終わって、最後のその三番目の怖そうな男性客の番になった。

彼女は「い、いらっしゃいませ」とこわばった表情を浮かべる。その男性客は表情を変えず、片手をぬっと出してきたそうだ。彼女はやっぱり強盗だと思ったそうだ。”あぁ、やっぱり金を出せと言うんだろうな。えぇっとブザーは?どこに・・・。

そんな中、男は伸ばした右腕の手の平を広げ、彼女に見せたそうだ。何のことだかわからず、彼女がその男の手の平を見てみると、そこにはコイン2枚、150円があったそうだ。

「あのう・・・・これ、落ちてました」

「???」彼女が状況をつかめずにいると、男は続けてこう言った。

「店の前の駐車場に、このお金が落ちていたんです」

「あ、ありがとうございます」とやっと言った彼女は拍子抜けしたそうだ。そりゃそうだろう。相手は「金を出せ!」って言ったんじゃなく、逆に、お金を出してきたんだから。

「つくづく、人は見た目で判断しちゃいけないよねー」と彼女が笑いながら言う。「そうだよね、しかも、それを伝えるために、わざわざレジに並んでいたんだよね。無茶苦茶いい人じゃないか」と私も笑う。

「だよねー。私だったら、絶対にネコババするけどなー」だって。(よい子のみなさんは、そんなことをしてはいけません。)

それにしても、接客業って大変だけど、つくづく面白いなぁって思う。こんな優しい人の触れ合いがあるから。だから彼女も私も、この仕事を続けているんだろうなぁ。

あの男の人も、今頃家族に「俺はこんないいことをしたんだぞー」なんて言って笑っているのかもしれない。「そういえば、レジの女の人の声が震えていたけど、なんでだろ?」なんてことも思っているのかもしれないなぁ。

なんか笑っちゃうけど、いいなぁ、そういうのって。
さて、今度はどんなことがあるんだろう?
不思議と楽しみだ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一