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フリーターA君のそれでも輝く夢と

 「オレ、今度、資格を取ろうと思って専門学校に通うことにしたんですよ」

アルバイトのA君が、ちょっと照れながらも私にそう言った。「へぇ、そうなんだ。どんな学校なんだ?」と私は彼にそう尋ねた。ふたりで商品補充の手を止めることなく、私達はそんな何気ない会話をしていた。

閉店前で、売場にお客も少ない寂しい時刻。仕事にちょっと疲れた頃合だ。これくらいの無駄話もたまにはいいだろう。A君はまだ若いフリーターで、大学を卒業して、ある会社に就職したのだけど、上司とケンカをしてしまってすぐに辞めてしまったらしい。

ケンカの理由は知らないが、まぁ、すぐに熱くなる彼のことだ。なんとなくわかる。クレームのお客様に対して「お客は自分勝手でわがままな生き物だ!」と私に言い切ってしまうヤツだ。(その度に私は彼に怒鳴っている。)たぶん、身勝手な大人社会に我慢できなかったのだろう。

このアルバイトを続けながら、仕事探しをしている彼。もう、何度も仕事に就くことを失敗している。

「オレ、今度こそ就職できるような気がするんですよ」

A君は何か宝物でも自慢するように私に言った。「へぇ、でもそのセリフ、4回聞くとあまり驚かないなぁ」なんて私はからかう。「うわぁ、そうか」と頭をかく彼は、まだどこか少年の面影を残している。彼は本当はとても素直な子だ。それは私だけが知っている。

先日も、ある会社の面接も終え、「ぜひ、うちでがんばってください!」なんておだてられて、彼のあのうれしそう表情は、本当に久しぶりのことだった。でも、直前になって「なかったことにしてくれ」と冷たくその会社に言われたらしい。

その日は一日中、彼は不機嫌な態度で接客をしていた。(また私は彼を大声で叱った。)やれやれ、それにしても、あんなに若い彼がこれほどまでにも就職が出来ないなんて。まぁ、彼のちょっと血の気の多いところは問題かもしれないけど、人間、欠点のひとつやふたつ、必ずどこかにあると言うもの。たかが1回面接したくらいで彼の本当の良さは誰にもわかるまい。

「学校に通うから、ちょっとこのバイトも休みがちになるかもしれないです」なんて、彼なりにこの売場のこと、心配してくれているようだ。確かに店員が少ない中、彼がいないと私に負担が重くのしかかる。

「ま、それだけクレームも少なくなるから大丈夫なんじゃない?」と私はふざけて言う。「そこまで言うかなぁ」なんて彼とふたりでククっと笑った。

彼の人生だ。私の負担なんて、彼の苦しみに比べれば、なんてことはない。

もうすぐ閉店時間になる。店内に、やがて閉店を知らせるもの悲しい別れのメロディが流れ出す。それでも一生懸命に商品補充をしているA君を見ていて、思わず私はつぶやいた。

「お前って、あの頃に比べると、随分と変わったよなぁ・・・」

そんな私の言葉にA君は「え?何がですか?」なんて不思議がっている。かわいいヤツめ。自分では気が付いていないのかな?「一応、誉めてるんだよ」と私が言うと「へぇ、そうなんすか。良くわかんないけど、ありがとうございます!」なんて言っていた。

”君が変わったのは、君は今、人生を
とても前向きに歩いているということなんだよ。”

なんてね。すぐに調子に乗る彼のことだ。その言葉は、心にしまっておくことにした。

君は本当に変わったよ。随分と素直になった。この頃、生き生きとしている。君から私は、実に多くのことを考えさせてくれている。

君を見ていて、自分は何かをあきらめていないだろうか?あんなに前向きになっているのだろうか?なんて思う時があるんだ。若い彼に、私は仕事を教えてやっても、この頃は私のほうが教えられている。気付けば私はいつからか、物事を後向きに考えていた。通りすぎた道ばかり気にしていた。

そうじゃない。夢はいつもこの道の先にあるんだ。通りすぎた道に夢はない。だから夢を追いかけたいなら、前向きに歩いて行かなければならない。彼は今、その夢を、この道の先に見つけようとしている。そんな彼に、私はどこかあこがれてしまうのだ。

閉店後、帰り間際に彼は私にこう言った。

「オレ、今、何度も会社をこけて、きっとダメな人間なんだろうけど、でも、なんかこう、生きているなって感じなんですよ。負けるものかってね」

そんな彼の言葉が輝いている。

君はダメな人間なんかじゃない。
今は暗闇で見えなくても
君の夢は、きっと手の届く場所にある。

何もあきらめることはない。
夢はそっと、君に輝きはじめるだろう。

なにも見えないことを
なにも恐れることのない君に。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一