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思い出のアメリカン・フード (2:レモネード)

第2章 子どもたちが売るレモネード

「夏休み」から連想される定番の飲み物といえば、日本では麦茶とラムネが代表格だろうか。関西ではひやしあめもそうだろう。多種多様なペットボトル飲料が出回っている今の子どもたちは、もっと違うものを選ぶのかもしれないが、朝顔やひまわりの花、すいか割り、虫捕り、海水浴……といった夏休みのイメージとともに、ずっと昔からあって少し懐かしさを誘う飲み物、というのが一般的なとらえ方ではないだろうか。
 アメリカでは、レモネードがこの地位にある。作家のレイ・ブラッドベリは、生まれ育ったアメリカ中西部の小さな町をモデルとして物語の舞台を設定することがあったが、最もよく知られた作品の一つである「たんぽぽのお酒」では、レモネードはまず主人公の少年のこんな台詞に登場する:

「毎年夏が来ると、前の夏と同じことを何度も何度も繰り返してるよね。……たんぽぽのお酒を作るとか、新しいテニスシューズを買うとか、その年初めてかんしゃく玉を鳴らすとか、レモネードを作るとか……毎年、同じことを同じようにして、何も変わらないし、何の違いもない、それが夏の半分なんだ」(筆者訳、一部省略)

 ここに描かれているような、暑い季節のお決まりの飲み物ということのほかに、レモネードには「子どもが屋台(レモネード・スタンド)で売るもの」という位置づけがある。日本でも見ることのできるイメージの例として、漫画「ピーナッツ」では、スヌーピーの友人たちがレモネード売りの屋台を設置して2¢(セント)とか5¢とかいった値段を掲げている。また、アメリカの市民生活をユーモアを込めて描いた画家、ノーマン・ロックウェルには「レモネード・スタンド」という作品があり、大口を開けてお客を呼び込もうとしているらしい少年、グラスをふきんで拭いている少年、そして売り物のはずのレモネードを飲んでいる少女が表情豊かに描かれ、一瞬を切り取ったシーンが微笑を誘う。
 ブラッドベリ、「ピーナッツ」、ロックウェルの例は主に1950年代(「たんぽぽのお酒」の原著が出版されたのは1957年だが、作品に反映されているブラッドベリ自身の子ども時代は1920年代になる)で、古いのだけど、わたし自身は2000年代のある夏、当時研究のために通っていたシカゴ大学近隣の住宅地で、二人の子どもがレモネード・スタンドを出していたのを通りすがりに見かけたことがある。兄妹らしい金髪の少年と少女は、小学校の中学年と低学年くらいで、商品を前にしかめっ面をして並んで立っていた。強い日差しの中、売れずにうんざりしていたのかもしれず、買ってあげればよかったと思う。
 しかし、なぜ子どもがレモネード売りをしているのだろうか?実はレモネードに限らず、アメリカの子どもが何かを売ってお金を稼ぐことはよくある。売るものは手作りクッキーの場合もあれば、飲食物ではないものの場合もある。1980年代初め、アメリカの中学に通っていた頃、所属していたブラスバンド(音楽の正規の授業でもあった)の演奏旅行の旅費を稼ぐため、キャンドルを仕入れて生徒たちが近所の家々へ売りに回ることになっていた。その企画の実施前に帰国してしまったので、わたし自身はキャンドル売りを体験することはなかったが、売上金を使って(まさか旅費の全額ではないと思うものの)ブラスバンドはフロリダのディズニーワールドまで出かけていったという。最近では、夫の甥っ子が今、まさにアメリカで学校生活を送っているところだが、やはりレモネード売りを経験したという。
 義務教育年齢までの子どもがお金を扱うことは、日本の教育の場では避けられてきたと思う。何かの賞を受けたときも、大人向けのコンテストなどでは賞金が出ることが多いが、子ども向けのコンテストでは文具など、金銭ではないものが賞品に選ばれるのが一般的だ。アメリカで子どもが現金を稼ぐことが忌避されず、むしろ奨励されるのは、できるだけ早く独立した生活を営む能力を身に着けるのがよしとされてきた社会背景による。自立の第一の条件が、自力で稼ぐ力を持つことなのだ。
 子どもが経営するレモネード・スタンドは、アメリカのある説明によれば、資本主義と起業家精神(entrepreneurship)の象徴だという。夏休みの子どもは、レモネードを売ることでみずから稼ぐこと、自分の責任において仕事をすることの第一歩を踏み出すのである。

 さて、子どもたちが売っているレモネードはどんなものなのだろうか。1963年初版の子ども向け料理本、Better Homes and Gardens: Junior Cook Book for Beginning Cooks of All Agesの、レモネードの作り方のページ(写真)から紹介したい。

 材料:6オンス缶入り冷凍濃縮レモネード1缶、冷水、(製氷皿で作った)角氷、レモンの薄切り
 道具:缶切り、ピッチャー、スプーン、コップ

 作り方:
 1. 冷凍濃縮レモネードの缶を開ける。背の高いピッチャーに中身を全部空ける。
 2. 缶にある指示通りの分量の水を入れる。スプーンでよく混ぜる。
 3. コップに氷を入れる。レモネードを注ぐ。レモンの薄切りをコップに1枚ずつ入れる。

 できあがり!

 つまり、濃縮した状態で売っているレモネードを水で薄めるだけ!!

 これなら、水の分量さえ計れれば幼稚園児でも作れそうだ。これ以上簡単にするとしたら、もう飲める状態で売っているものを仕入れてきてそのまま並べるしかない。
 ページの下の方には、いくつかのバリエーションの一つとして「昔ふうレモネード(Old-Fashioned Lemonade)」のレシピもあり、「お母さんが作るような」という説明がある。こちらは、砂糖1カップを冷水・レモン果汁各1カップと混ぜて溶かし、さらに4カップの冷水で割り、氷を入れるとある。他のバリエーションとして「ピンク・レモネード」があり、これは普通のレモネードを食紅で着色するだけという安直さだ。なぜピンクにするのかといえば、ページの上に挿絵があるように、ピンクのレモネードがサーカス(そしてサーカスにはピエロがいる)の興行につきものだかららしい。こちらの由来にまつわる伝承もあるのだが、ここでは触れないことにする。
 ますます多様な加工食品がスーパーマーケットの棚を埋める一方で、オーガニック食品や手をかけた料理に関心を持つ人が増えているのは、アメリカも日本と同様である。半世紀前、ピッチャーに入れた缶詰の中身と水をスプーンでかき回していた少年少女たちのうちの何人かは、今はもしかすると、子どもや孫のために生のレモンを絞っているかもしれない。子どもたちは売上をタブレットで管理しているかもしれないが、今年もきっと無数のレモネード・スタンドがアメリカ各地の界隈に現れ、「何も変わらないし、何の違いもない」夏があることを人々が確かめるよすがとなったことだろう。
 


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