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『ターナー日記』の邦訳③第四章~第五章


第四章

1991年9月30日。先週は仕事がたくさんあったので書き物をする時間がとれなかった。ネットワークを立上げる段取りは単純で簡単極まりないものだ。しかし、じっさいにそれをこなすには恐ろしいほどの努力が要求されている。すくなくとも、俺の受持ち分はそうだ。俺が打破しなければならない難題の数々は、どんなによく練られた計画でも、予期せぬ障害に耐えられる柔軟性をたっぷりと用意して盛込んでおかなければ危険な落とし穴に落ちることを、今一度おもいださせてくれた。
基本的に、ネットワークは「組織」の全部隊を、人間の連絡員と高度な特殊無線通信という二つの通信手段によってつなぐ。俺が担当しているのはうちの部隊の受信設備だけじゃない。ワシントン地区にあるほかの十一の部隊の受信機と、ワシントン司令部と第九部隊の送信機とのメンテナンスと管理の合切にも責任を負っている。第二部隊にも送信機を配備しようという、ワシントン司令部の急な決定のせいで、てんてこまいな週になった。
ネットワークが始動したので、会議と長ったらしい指令と状況報告が必要なコミュニケーションは口頭ないし対面でなされるようになった。電話会社がローカル通話の電子記録を長距離通話同様に保存していて秘密警察が通話の傍受をさかんにおこなっているので、もしもの緊急時を除いて電話は使わないように決められていた。
また、標準的なメッセージについては、簡単にかつ簡潔に暗号にして無線で送信することになっていた。三桁の数字で表記される800語近くの標準化されたメッセージの"辞書"を編纂することに「組織」は注力している。
たとえばある時には、"2006"という数字が次のメッセージを意味していた。「第六部隊によって計画されていた作戦が、後日に通知されるまで延期された」。各部隊に一人ずつ、メッセージの辞書をまるごと暗記していて、今送られた数字がどういう暗号なのかを辞書に照らしていつでも解読することができる人間がいる。俺たちの部隊ではジョージがそれだ。
実のところ、聞こえるほどには難しい仕事でない。メッセージ辞書は非常に整然と編集されているので、基本的な構造を一度おぼえてしまえば、全部をおぼえるのも難しすぎることはない。メッセージの暗号番号は数日ごとにランダムにかわるが、それはジョージが辞書をすべてもう一度覚えなおさないといけないというわけでない。たった一つのあたらしい数字化された指令を覚えるだけでいい。それで、ほかの指令もすべて頭のなかで解読できる。
この暗号システムが使えるおかげで、すこぶる簡素で携帯しやすい装備による無線交信が安心して続けられる。俺たちの発信はけっして一秒以上も持続しないし、頻度がきわめて低かったから。秘密警察はどの送信機の発信方向も把握できないし、傍受したメッセージの平文化もできないようだった。

俺たちが使っている受信機は送信機とくらべても使いやすいものであり、トランジスタ式ポケット無線受信機とポケット計算機を兼ねたものだった。いつも電源を"ON"にしておけば、エリア内にある送信機から正しく暗号化された数値信号が発信されたときに、俺たちが受信機をみていなくても信号を拾って表示し、読み取った数値を保持してくれる。
これまで俺が組織に貢献してきたおもな仕事はこの伝達装置の開発だった―事実、大部分は俺が作った。
ワシントン司令部からエリア内の全部隊へむけて、はじめてのメッセージが放送されたのは日曜日だった。連絡員を数値で指定された場所に送って、部隊の状況報告と指令の受取りをおこなうように、それぞれの部隊に命令が下った。ジョージは日曜の報告から帰ってくると他のメンバーにニュースを伝えた。要点はこうだ。ワシントン地区にまだ事件はなかったが、俺たちの秘密警察の内通者から受取った報告を聞いてワシントン司令部が困っている。
「システム」は俺たちを捕まえようと血眼になっている。「組織」に共感している疑いがあったり、外から協力している何百人もの人間が逮捕されて尋問を受けた。俺たちの"合法"部隊の人間もいくらか含まれているが、権力者は彼らに結局なにも着せることができなかったらしく、尋問しても役に立つ手がかりは得られなかった。いまなお、先週のシカゴの出来事にたいする「システム」のリアクションは広がり続けているし、予想よりも熱が入っている。

やつらが取組んでいるのは、コンピュータ化された、画一的な、国内パスポートシステムだ。十二歳以上になった人間は全員パスポートが支給されて、厳しい罰則のもとで常に携行することが義務付けられるようになる。警察のエージェントに街角で制止されてパスポートの提示がもとめられるようになるだけじゃない。日常の数多くの作業についてパスポートを必須のものにする計画を立てている。たとえば航空便、バスの搭乗、電車の乗車券を買ったり、モーテルやホテルの予約をしたり、病院や診療所で医療サービスを受けたりするときに。
あらゆる券売所、モーテル、病院などに、巨大な国家のデータバンクとコンピュータセンターに電話線で接続されたコンピュータ端末が配備される。チケットを買ったり、請求書に支払いをしたり、サービスに登録したりすれば、 顧客の磁気暗号化されたパスポートの番号がコンピュータに送られる。なにか異常なことがあれば、
いちばん近い警察署で警告のランプが灯り、問題が起きたコンピュータ端末の位置が表示される―不運な顧客も。
この国内用パスポートシステムを何年もかけて彼らは発達させてきていて、細部に至るまで機能させている。実働させない理由はただ一つ、それが警察国家を実現する手段でもあることを見抜いている、自由な市民グループがやかましいからだ―もちろん、その通りなのである。だが、「システム」はいま、俺たちを口実にすればリバタリアンの抵抗を無視することができると気付いている。"レイシズム"との戦いではどんなことでも許される!
必要な設備をそろえてシステムを運転可能にするまで、すくなくとも三か月はかかるだろうが、彼らはできるかぎりの速さで推進している。報道陣からの全面的な支援を受けて、既成事実として発表しようとたくらみながら。やがてこの仕組みは、あらゆる小売店にコンピュータ端末が義務付けられるようになって、徐々に拡大されてゆく。レジの脇の端末にパスポートを磁気で読み取らせないかぎり、レストランで食事をすることも、洗濯物を持って帰ることも、食料や雑貨を買うこともできなくなる。
そこまで実現したころには、「システム」が一般市民をしっかりと押さえつけている。現代のコンピュータの力を存分に活かして、秘密警察がだれでも特定して、どこにいて何をしているかがわかるようになる。このパスポートシステムをかいくぐるのは大変な難題になっているだろう。いままで諜報員が教えてくれた話によると、パスポートを取得せずに偽の番号をつくるのは簡単な仕事でないだろう。偽の番号が中央コンピューターにみつかると、最寄りの警察署へと自動的に信号がおくられる。スポーカン市に住んでいるジョン・ジョーンズがパスポートを使って買い物をしているときにダラスでも買い物をしはじめたら、おなじことが起こる。あるいは、コンピューターがビル・スミスを大通りのボーリング場でたしかに補足しているのに、同時に町のほかの区域のドライクリーニング屋に彼があらわれても。
まったくもって何もかも驚くべき未来予想図だった―つい最近までずっと技術的には可能だとおもわれていたが。「システム」が本当にやろうとするとは夢想だにしたことがなかった。
ジョージが報告から持ち帰ってきたニュースは、第二部隊がかかえている技術的な問題を解決するために俺がすみやかに出向してくれという呼出しだった。ジョージも俺も第二部隊の基地の場所を知らなかったし、第二部隊のだれかと会う必要が生じたら他の場所でやることになっていた。しかしながら、この問題を解決するには俺が彼らの隠れ家にいかねばならなかったので、ジョージは受取った命令を再三くりかえした。
彼らは俺たちから30マイル以上もさきのメリーランド州にいたし、道具を全部もっていかないとどうにもならなかったので、車を使うことにした。
彼らはいい拠点を持っていた。40エーカーの牧草地と森林のなかに大きな母屋と複数の離れ家がある。八人もメンバーがいて、やや多めだ。しかし、だれ一人としてボルトもアンペアもわからないし、ドライバーの先端がどちらかも知らないようだった。どうもおかしい。部隊を編成するときに有用なスキルをもつ人間を適切に割り振っておくように考慮がされているはずだった。
第二部隊からほど近いところにほかの部隊が二つあったが、これら三部隊はワシントン地区のほかの九部隊からなげかわしくも離れていた。とりわけ、ワシントン司令部と交信できる送信機を持っている第九部隊からは。ゆえにワシントン司令部は第二部隊に送信機をあたえることにしたのだが、彼らはそれを使うことができなかった。
送信機と自動車用蓄電池、ケーブル類がテーブル上に散乱している台所に案内されると、彼らが苦労している理由がたちまちに明らかになった。俺が送信機ごとに用意しておいた明解な取扱説明書があるのに、送信機の端末のそばにある収納ケース上に一目瞭然なマークがあるのに、彼らはバッテリーを正反対の間違った向きで送信機へとつなごうとしていた。
俺はため息をついてから、二人呼んで、車から道具をとってくるのを手伝わせた。まずバッテリーを調べてみると、ほぼ放電しきっていた。俺が送信機を調べているあいだにバッテリーを充電器にセットしておいてくれと頼んだら、充電器?充電器ってなんだ、おしえてくれ? 彼らは充電器を持っていなかったのだ!
昨今は送電線からの電力の安定供給が頼りにできないので、俺たちの通信機器はすべて、トリクル充電されている蓄電池によって稼働していた。この方法ならば、突然の停電と、近年は毎日とはいかなくても週ごとの現象になりはてた計画停電の影響を受けない。
この国のほとんどの公共設備とおなじように、電気価格が急上昇するにつれて、ますます信頼できなくなった。たとえば今年の八月には、ワシントン地域で住宅への電気供給が平均して四日間は完全に途絶えた。そして、平均で十四日間は15パーセント以上も電圧が下がった。
政府は聴聞会を開いて調査をとりおこない、この問題についての報告書を出し続けているが、停電はひどくなるいっぽうである。ここで起きている現実の問題にむきあう気がある政治家はいない。たとえば、イスラエルに支配されたワシントンのここ二年間の対外政策がアメリカへの外国石油の供給におよぼす壊滅的な影響という問題についてもだ。

緊急の充電のときにバッテリーをどうやってトラックに接続するかを彼らにみせてから、送信機にどんな損傷が生じているのかを見分し始めた。バッテリーの充電器をあとで見つけておかなければならない。
送信機のいちばん重要な部分である、ポケット計算機のキーボードからのデジタル信号を生成する信号装置は大丈夫なようだった。ダイオードの極性エラーによって損傷をまぬがれていた。それでも、送信機の内部では三つのトランジスタが吹っ飛んでいたが。
ワシントン司令部には予備の送信機の在庫がすくなくとも一機はあったはずだったが、たしかめるには司令部からのメッセージを受取らなければならなかった。すなわち、第九部隊に使いをやって質問を送信させてから、ワシントン司令部からだれかが送信機を届けてくれるように手はずを整えろということだ。戦闘部隊からの無線通信はなにか緊急の際の連絡に限るという方針があるので、 ワシントン司令部に迷惑をかけるのは気が進まなかった。
ともあれ第二部隊にはバッテリーの充電器が必要だったので、充電器を自分で運んできて設置しながら、交換用のトランジスタを業務用の卸売会社から調達することにした。だが、必要な部品を見定めるのは、言うは行うよりも易しという作業であり、俺がやっと母屋に帰ってきたときには夜の六時過ぎだった。
第二部隊の車庫に停車したときに、車の燃料計が"空"を指していた。自分のガソリン配給カードをガソリンスタンドでつかう危険を冒す気にはなれなかったし、このあたりのガソリンの闇市がどこにあるのかも知らなかった。自分の部隊に帰るための燃料を何ガロンかくれるように第二部隊の人間に頼むしかない。ふう、やれやれ、第二部隊のトラックのなかにはどう数えてもたった一ガロンほどしか残っていなかった。おまけに、どこでガソリンの闇市が開かれているかもご存じないときた。
こんなに才能がなくて無能力な人間ばかりのグループがどうやって地下部隊として生き残っていくのか、知りたいと思った。「組織」がゲリラ活動に向いていない人間を全員集めて一つの部隊にまとめてしまったかのようである。彼らのうちの四人は、「組織」の出版部門からきたライターであり、この農場でプロパガンダ用のパンフレットと冊子をつくる仕事をずっと続けていた。ほかの四人は食料などの必要な品を調達するサポートの役に専念していた。
第二部隊では動力で走行する移動手段をほんとうにだれも必要としていなかったので、燃料について懸念することがなかった。その夜になってからようやく一人が自主的に動いて、近所の農場にあった車からガソリンを抜き取ってきてくれた。ちょうどそのころ、また停電があってはんだごてが使えなくなった。その日はそれでおわりにした。
翌日から、昨日の夜までずっとかかって送信機を機嫌よく動くようにした。予測していなかったいくつかの難所があって、作業がすべておわったときには深夜になっており、送信機は台所よりもマシな場所に設置しておくべきだと勧めておいた。なるべくなら屋根裏部屋、あるいはせめて二階に。
いい場所をみつけたので送信機を全部、上階に運んだが、その途中で不覚にも蓄電池を左足に落としてしまった。はじめて足を骨折したことに気付いた。防御はまったく不可能だった。
したがって、第二部隊の母屋でもう一晩過ごすことになった。第二部隊の人間はどいつもこいつも使えないやつらだが、とても親切にしてくれた。あいつらのためにしてやった俺の努力を正当に評価して、感謝してくれていたんだ。
約束どおりに、くすねた燃料が俺の帰隊のために提供された。そのうえさらに、車にびっくりするほどの量の缶詰を積込んで、部隊へと持ち帰るように勧めてくれた。いったいどれだけ物資を持っていたのか、あきれるほどの量だった。どこでこんなに食料を手に入れたのかを尋ねてみたが、返ってきたのは、笑顔と、もっと沢山いつでも調達できるからという自信たっぷりの言葉だけだった。もしかしたら、彼らは俺が考えていたよりもずっと有能な人たちだったのかもしれない。
拠点に帰り着いたのは今朝の十時だった。ジョージとヘンリーは二人ともいなかったが、キャサリンが俺の車のために車庫の扉を開けながら挨拶してくれた。もう朝食を食べたかを聞かれた。
第二部隊で食べてきたので空腹じゃないと答えた。そして、足の状態と、足がずきずきと痛んで通常の二倍近くの大きさまで腫れあがっているのが心配なことを伝えると、びっこを引きながら階段を上がって居住区画にいくのを助けてくれた。それから、足を浸すための冷たい水をボウルに入れて持ってきてくれた。
脈打つ痛みを冷水が急速に鎮めてくれた。キャサリンがソファで背中にあてがってくれた枕にありがたくもたれた。どうして足を負傷したのかを彼女に説明してから、ここ二日間の出来事の話を交換した。
キャサリンたち三人は昨日いっぱいを費やして、棚を増設し、優先順位が低かった修繕をおこない、一週間以上も俺たちを忙殺していた清掃と塗装をおわらせた。間に合わせの家具をすでに運んできてあるので、これでやっと住めるようになってきた。越してきたときの寒くて汚いからっぽの機械工場から雲泥の進歩を遂げている。
昨日の夜にキャサリンから知らされたところでは、ジョージはワシントン司令部からきた男と会うように無線で呼び出された。それで早朝にジョージとヘンリーは、今日はずっといないとだけキャサリンに告げていっしょに出発していった。
数分間うたた寝をしてしまい、目覚めたときには一人ぼっちで足を浸す水がぬるくなっていた。それでも脚はだいぶよくなってきて、特に腫れが引いた気がした。シャワーを浴びることにした。
シャワーは冷水しか出ない間に合わせのものであり、ヘンリーと俺がおおきな押入れのなかに先週こしらえた。配管工事をして、照明を据え付けて、キャサリンが壁と床を耐水性の粘着ビニールで覆った。ジョージとヘンリーと俺が寝ている部屋へ、押入れは隣接している。工場内にあるほかの二部屋のうち、小さい部屋をキャサリンが寝室にしている。もう一部屋は台所と食堂を兼ねた休憩用の部屋である。
服を脱いでタオルをもって、シャワーのドアを開けた。するとそこにキャサリンがいた。ずぶぬれで、美しい裸身をさらして、裸電球の下に立って体を乾かしていた。驚きもせずに俺をみて、なにもいわなかった。
俺は一瞬立ちつくしてから、謝罪してドアを閉めるかわりに衝動的に腕をキャサリンに伸ばした。彼女もおずおずと俺のほうに踏み出した。自然の成行きであるかのように。
それから、長いあいだベッドに寝そべって語り合った。キャサリンと二人きりで話すのははじめてだった。彼女は、「組織」のために働くクールなプロフェッショナルの仮面の下に、心優しく繊細でとても女性らしい素顔をもった女性だった。
「銃の没収事件」がおこるまえの四年前に、彼女は下院議員の秘書だった。国会議事堂で働くべつの女性といっしょにワシントンのアパートに住んでいた。ある晩にキャサリンが仕事から帰宅すると、ルームメイトが床に血の海をつくって倒れていた。黒人の侵入者にレイプされて殺されたのだ。
そのせいでキャサリンは拳銃を買って、銃の所有権を違法とするCohen法ができたあとでも保持を続けた。1989年の「銃の没収事件」のときも、ほかの百万人近くの人間とおなじように摘発された。それまで「組織」と接点はまったくなかったが、逮捕後に収監された拘置所でジョージと出会った。
彼女は政治に興味がない人だった。政府のために働いていた時期かその前の大学生だったときにだれかに聞かれたならば、たぶん"リベラル"だと答えただろう。しかし、大半の人とおなじように、無知と習慣によってリベラルなだけだった。まじめに考えてみることも分析してみることもなく、マスメディアと政府によってばらまかれた不自然なイデオロギーを表面的に受入れていた。リベラルを全面的に信奉するほどは石頭でないし、罪悪感にも自己嫌悪にもとらわれていなかった。
警察に釈放されてから、人種と歴史についての本と「組織」の出版物をジョージがくれた。彼女の人生ではじめて、現代の問題の本質にある人種、社会、政治上の重要な争点について真剣に考えるようになったのだ。
「システム」が語る"平等"というホラ話の真実を学んだ。人種と文明の腐敗酵素としてのユダヤ人の、ほかに例がない歴史的な役回りを理解するにいたった。いちばん大切なのは、世界市民の混沌のなかで孤立した人型の原子へと彼女を変えてしまう洗脳にさらされていた人生に革新をもたらして、人種的アイデンティという観念を身に着け始めたことだ。
逮捕された結果として、彼女は米国議会での仕事をうしなった。それからおよそ二か月後に「組織」の出版部門のタイピストとして働くようになった。彼女は賢い人であり、よく働いた。すぐに校正者に抜擢されて、さらにコピーエディターになった。「組織」の出版物でいくつか自分の記事を書いた。「組織」の活動と、もっと大きな「社会」のなかでの、女性の役割をなによりも求めていた。つい先月になって、「組織」の女性向けに特化された新しい季刊誌の編集者に任命された。
彼女の編集者としての職務はいま解かれている。もちろん、一時的な話にすぎないが。われわれの現在の活動にたいする彼女のもっとも大きな貢献は、学生時代にアマチュア劇団で身に着けた、メイクアップと変装のすばらしい技術なのだ。
彼女と最初に接触したのはジョージなのに、彼とはいまだに情緒的ないしロマンティックなつながりがなかった。最初に会ったころにジョージはまだ結婚していた。ジョージの「組織」での仕事をけっして認めることがなかった彼の妻が去っていったころには、キャサリンは「組織」に入っていた。二人はちがう部署にいて、頻繁に会うにはたがいに忙しすぎた。じっさい、ジョージは路上での資金調達の仕事にかかりきりだったので、あまりワシントンにいなかったのだ。
ジョージとキャサリンがこの部隊にいっしょに配属されたのはまったくの偶然だったが、ジョージは堂々と彼女が自分のものだと決めてかかっていた。キャサリンは彼の所有権をみとめるようなことをなにもしていないし、言ってもいないのに。今朝までは俺も、ジョージの彼女にたいする態度からそれを自明のことだと信じていた。彼と彼女のあいだには、ぎこちないながら結びつきがあったから。
名目上はジョージが部隊のリーダーだったから、キャサリンにおのずから惹かれる気持ちをこれまでずっと俺は自制していた。いまや、少々困った状況になるのではないかと不安だった。ジョージが自重してことを収めてくれなければ、緊迫した事態になって、エリア内の別部隊との人事異動によってしか解決できなくなるかもしれない。
それはそれとして、目下は大物にかかわる別の問題もある。ジョージとヘンリーが夜になって帰ってくれば、あいつらが一日やってきたことがわかる。ダウンタウンにあるFBIの本部を下見してきたのだ。そこを吹っ飛ばす任務がうちの部隊に割当てられた!
革命司令部から最初の指令が下ると、ジョージが日曜日に出席したワシントン司令部のブリーフィングへと東部指令センターから一人の男が送られてきて、各部隊のリーダーから一人をこの任務のために選びだした。
革命司令部は秘密警察にたいして攻勢に出ることにしたらしい。やつらが俺たちの"合法部隊"を摘発しすぎないうちに、あるいはコンピューターを使ったパスポートシステムを完成させる前に。
ジョージが昨日、ワシントン司令部での二回目のブリーフィングに呼出されて、指令を受取ってきた。第八部隊から来た男も一人、昨日のブリーフィングにいた。第八部隊は俺たちを支援してくれることになる。
計画はおおざっぱに言うと、こうだ。5トンから10トンにわたる膨大な量の爆発物を、第八部隊が調達する。FBI本部への合法的な配達トラックをうちの部隊が乗っとって、第八部隊が爆発物といっしょに待っている場所で落合い、積み荷を換える。FBIのビルの貨物の受取りエリアまでトラックを動かして、起爆装置をセットしてからトラックを離れる。
第八部隊が爆発物の調達に取組んでいるあいだ、FBIの貨物輸送のスケジュールと手続きの特定のような、任務のこまごまとした準備に俺たちは邁進しなければならない。あたえられた期限は十日間だ。
俺の仕事は、爆発装置の設計と構築になるだろう。

第五章

1991年10月3日。うちのビルの周りで雑用を片付けるために、俺はFBIプロジェクトの仕事を中断していた。昨日の夜に周囲警戒システムを完成させており、今日は緊急脱出トンネルにかんする荒っぽくて汚い仕事をした。
屋内のライトと警報ブザーに接続されている圧力感知パッドを、ビルの後ろと両脇に埋設した。商店のドアマットの下によく敷かれているパッドであり、顧客の入店を伝える信号をおくる。二フィート長の金属帯が封入されている柔軟なプラスチックシートで構成されていて、耐水性だ。検出限界以下の量の土で覆われているが、だれかが地面を踏めば信号を送ってくれる。
ビルの正面でこの仕組みはつかえなかった。なぜならば、ほぼ全面がコンクリートで覆われた車道と駐車場だからだ。超音波式探知機を正面に設置することを検討したが却下したのち、コンクリートのエリアの両脇に建っている金属フェンスのあいだに光電子センサーを設置することにした。
光源と光電子セルを目立たせないように、フェンスの内側にとても小さくて目立たない反射板を向かいあわせで設置する必要があった。柱に穴をいくつか開けたが、うまく作動させるにはちょっぴりの工夫が要った。
キャサリンがおおいに役立ってくれた。俺がライトと光電子セルを立てて、彼女が反射板を注意深く調整してくれた。侵入者が圧力センサーパッドを踏むかビームを遮断した瞬間に俺たちに警告してくれるだけでなく、車庫のなかの電子時計を起動してくれるように屋内の警報システムを変えたのも、彼女の提案だった。これなら俺たちが全員出払っているときに誰かがきたのがわかるうえに、いつ来たかまでわかるだろう。
車庫で車の下に潜って作業をしてオイルを交換してから、使用した汚い空のオイル缶、油まみれの布切れなどの雑多なごみをサービスピットから片付けたら、コンクリートのサービスピットのなかにある鉄格子のむこうに排水管が続いているのに気付いた。
鉄格子をのぞいてみると、コンクリート製の直径4フィートの排水管のなかへと這って潜りこめそうだった。400ヤード先の大きな排水溝につづいている。さらにその排水溝を進むとたくさん小さなパイプがあって、主排水路に注いでいる。どうやら路上の側溝から主排水路につづいているようだった。主排水路の終端はコンクリートに埋込んで補強されている半インチの鉄格子で守られていた。
今日は弓のこを持ってきて、この下水道の最後まで潜って、鉄格子を二本だけ残してぜんぶ切ってしまった。精一杯がんばって格子を曲げれば這い出ることができるような位置の格子をしっかりと残したのだ。
やりおえてから、あたりをちらっと見まわした。排水溝の両側には草がぼうぼうと茂っていて、近隣の道路からいい目隠しになっていた。しかも、道路からは建物が邪魔になって俺たちのビルがみえないし、ビルに面した通りもみえなかった。下水道のなかにもどると、ぶつぶつと一人で文句をいいながら、鉄格子を曲げ戻そうとまた格闘した。
最悪なことに、俺たちがくるまえに車庫と機械工場を使っていた人たちは、廃油を長年にわたって排水路に投棄しつづけていたようだ。サービスピットの穴に近い排水路のパイプの底には、四インチほどもある黒くてぶ厚いヘドロが積もっていた。工場のなかに這いもどったときには体がびっしりと汚物に覆われていた。

ヘンリーとジョージは二人ともいなかった。階段を上がってシャワーを浴びに行くまえに、キャサリンがサービスピットのなかで俺の服を脱がせてホースで水をかけてくれた。俺が着用していた靴と衣服はぜんぶダメになったので捨ててしまうと言われた。
氷のように冷たいシャワーを浴びるたびに、ヘンリーといっしょに手作りのシャワー室へ温水を追加する時間を取らなかったことを悔やんでやまない。

10月6日。FBIのビルにたいして使うつもりの爆弾のための爆発装置を完成させた。起爆装置自体はとても簡単だが、どんな種類の爆発物を使うことになるのかがわからなかったので、昨日まで伝爆薬にかかりきりになっていた。
第八部隊の人間が、ワシントンの地下鉄システムが延長されているエリアにある倉庫を襲ってくる計画を立てたが、昨日までずっと運がなかった―今日もあまりツイていない。膠質ダイナマイト二箱しか盗めなくて、しかも一ケースは中身が減っていた。100ポンドもなかった。
だが、それでもなんとか問題は解決することができた。膠質ダイナマイトは俺の手製のアジ化鉛爆薬で起動できるほど反応しやすいので、第八部隊がもう少しみつけてくれれば、それがなんであれ内容量がどうであれ、主装薬を起爆するのに十分すぎる100ポンドに達するだろう。
4ポンドの膠質ダイナマイトを空のアップルソース缶に封入して、雷管を装着し、缶の上部にバッテリーと時限装置をつけて、20フィートの延長コードで小さなトグルスイッチと接続しておく。トラックに爆発物を積載したときに、後部の膠質ダイナマイト二ケースの上に缶を置いておく。荷台の壁に小さな穴をあけて、運転席までコードとスイッチを持ってこないといけない。
ジョージかヘンリーが―たぶんヘンリーが―FBIのビルのなかの貨物の受取りエリアまでトラックを運転していくだろう。運転席から下りるまえにスイッチを入れると、タイマーが始動する。十分後に爆薬が炸裂する。うまくいけば、それがFBIのビルのおわりになる―そして、政府が30億ドルをかけてつくった、国内パスポートシステム用のコンピュータ施設のおわりにもなる。
六年か七年前、あたらしいパスポートシステムにたいする大衆の反応をうかがうために政府が"観測気球"を公開し始めたときに、その主な目的は不法入国した外人(aliens)を発見して本国に送還するためだといわれていた。
一部の市民は計画の全貌についてめざとく疑いをもったが、ほとんどの人間はなぜ国内パスポートが必要なのかという政府の説明に納得してしまった。しかも、この高失業率の時代に不法入国した外人は自分たちの職への脅威だとかんがえている労働組合員の多くが、それは素晴らしいアイディアだと信じた。リベラルはふつう、"レイシスト"みたいだから反対するアイディアなのに―不法入国した外人は実際のところ全員が非白人である。のちに、メキシコ国境を乗りこえて入国して二年間滞在している人間へと政府が自動的に市民権を授与したが、リベラルの反対はかき消えてしまった―疑い深い、コアなリバタリアンたちをのぞいて。
総じていえば、「システム」にとってアメリカ国民をだまして操作するのはなげかわしいほど容易い仕事なのだ―比較的うぶな"保守主義者"か、甘ったれか、インテリ気取りかをとわず―話がわかっている"リベラル"は、もともとすべての政府を敵視しているリバタリアンすら、パスポートシステムは"レイシスト"を摘発して根絶やしにするために必要なのだというビッグ・ブラザーの声明に従わざるをえなくなっている―レイシストとはつまり俺たちのことだ。

アメリカ国民の自由が危機に瀕しているならば、「組織」が存在する意義がまさにそこにある。アメリカ人は自由でいる権利をうしなった。軟弱で自堕落で能天気でだまされやすくて自分を見失ったままの国民にとっては、奴隷であることが正しい固有の状態である。
そう、俺たちはすでに奴隷なのだ。悪魔のように狡猾で異質なマイノリティが俺たちの魂と精神に鎖をかけるのを許してしまった。この霊的な鎖は、いつかかけられる鉄の鎖よりも、真実の奴隷状態の証なのだ。
やつらが俺たちの学校をうばって、人種が混交したジャングルに変えはじめた三十五年前にどうして抵抗しなかったんだ。やつらがヨーロッパを支配下に置くための戦争の捨て駒として俺たちを利用させるかわりに、どうして五十年前に国外へやつらを軒並み追い出さなかったんだ。
もっといえば、やつらが俺たちの銃を奪いはじめた三年前にどうして立上がらなかったんだ。どうして、正義の怒りに身をまかせて立上がり、このおごった外人どもを通りに引きずりだして喉を切り裂いてやらなかったんだ。どうして全国の街角にかがり火を立てて、やつらを火あぶりにしてやらなかったんだ。どうして、おとなしく武装解除を受入るかわりに、東部の下水道からわいてきた疫病である、どこまでもずうずうしくてむかむかするこの種族に引導を渡してやらなかったんだ。
答えは簡単である。この五十年で俺たちに押付けられたものが、もしも一度にすべてが企てられていたならば反抗せざるを得なかっただろうが、気が付かないうちに輪が一つずつ繋がって俺たちを縛る鎖になったので、服従するはめになった。
あたらしい輪が鎖に一つ追加されたからといって大げさに騒ぎ立てることはできなかった。折り合いをつけるほうがいつでも楽だと思っていた―そして安全だとも。先に進めば進むほど、一歩を踏み出すのが楽になった。
歴史家が理解することになるのは―俺たちの人種の男たちが生き残って、この時代の歴史を書くならば―自由な男たちの社会を人型の家畜の群れへと変えてしまった失態につながった日和見的な思考の重大さだ。
つまり、コントロールされたマスメディア、学校、教会、そして政府による隠密裏のプロパガンダによって実行された意図的な転覆劇のなかで起こったことのすべてを責める資格が俺たちにあるのだろうか。あるいは、原因の大部分は不始末から生じた堕落にすぎないと認識するべきだろうか―精神を衰弱させる生活様式へと西洋人が二十世紀にみずから陥って。
両者はおそらくもつれ合っており、どちらかを別々に批判するのは困難だろう。俺たちは洗脳によって堕落を受容れやすくなって、堕落によって洗脳に抵抗できなくなった。そうやって、俺たちは木に近づきすぎて森の輪郭が鮮明にみえなくなっている。
だがはっきりとみえているのは、自由よりも大切なものが危機に瀕しているということだ。「組織」が使命を果たすことができなければ、なにもかもが失われる―俺たちの歴史、伝統、血統、犠牲と数千年にわたる無数の苦闘の積み重ねが。俺たちが戦っている敵は、人種的生存の基礎を根絶やしにしようとしているのだ。
失敗すればいかなる言い訳も意味をなさない。凡庸な混血の廃人の群れしか、その言い訳を聞く者はいない。俺たちのことを記憶している白人がいなくなる―俺たちの弱さをののしる者も、愚かさに許しをあたえてくれる者もいない。

俺たちが失敗すれば、主(God)の偉大な試みが終焉することだろう。そしてこの惑星は数百万年前のように高等な人類を欠いたままでエーテルのなかを浮遊していくのだ。

10月11日。明日が勝負だ! 俺たちが要求する量の爆発物を第八部隊が調達しそこなったが、FBI作戦を決行するのにまよいはない。
第八部隊の本部の会議で、昼下がりのおわりになってから最終決定が下った。ヘンリーと俺も、革命司令部の幹部といっしょにそこに出席していた―「組織」の指導者たちがこの作戦をどうみているか、その重大さがわかる。
革命司令部の人間が部隊の行動に作戦レベルでかかわることはない。俺たちはワシントン地区の司令部から作戦司令を受取り、報告もする。特別に重要な案件が可決されるときには、東部司令センターの代表も同席することがある。俺は革命司令部との会合に二回出席したことがあるが、どちらも、俺が設計した通信設備にかかわる基本的な決定をした。もちろん、俺たちが非合法部隊になるまえの話だ。
だから、今日の昼の会合にメジャー・ウィリアムス(偽名だとおもっている)が出席したのは全員に強い印象をのこした。俺は爆弾の正確な動作に責任を負っていたので出席がもとめられた。爆弾を運ぶことになっているヘンリーもいた。
仕事を確実にこなすのに必要だと俺とエドワード・サンダースが見積もった、最低限の量の爆発物を第八部隊が調達するのに失敗したのが、昼の会合が招集された理由だった。エドワードは第八部隊の兵站の専門家である―そして、面白い話だが、彼はFBIの特別捜査官だったことがあり、FBIのビルの構造と見取りにあかるかった。
できるかぎり念入りに見積もったところでは、ビルの頑丈な部分を破壊して地下二階にある新しいコンピュータセンターをつぶすには、すくなくとも1万ポンドのTNT爆薬か同等の爆発物を手に入れなければならなかった。念のために俺たちは2万ポンドを要求していた。かわりに俺たちに与えられたのは5000ポンドよりすこし少ない程度で、大半が硝酸アンモニウム肥料だった。TNT爆薬よりかなり性能が落ちる。
膠質ダイナマイトの最初の二ケースを運びこんでくれたあとの第八部隊は、べつの地下鉄の建設現場の資材置き場から400ポンドのダイナマイトをちょろまかすことに成功していたが、この方法で必要な量の爆発物をあつめるのはどうやっても無理だとあきらめることにした。地下鉄では毎日大量の爆発物がつかわれていたが、小ロットで保存されており、接近するのも非常に難しかった。第八部隊の人間の二人が、ダイナマイトをくすねるときに間一髪の目にあった。
俺たちへの最終期限がちかづいたので、木曜日に第八部隊から三人がフレデリックスバーグ近くの農場の資材倉庫へ夜襲をかけた。ここから50マイルくらい南だ。爆発物はみつからなかったが、それとはべつに硝酸アンモニウムがあったので全部持ってきた。100ポンドの袋が44包あった。
軽油と混ぜて密封すれば、大量の土砂や岩をふっとばすだけならば十分な爆発効果が得られる。しかし、本来の計画においては、密封しなくても強化コンクリートの床を二階分ぶち抜いて、巨大で頑丈な建築物のファサードを爆砕するにたる強力な衝撃波を生む爆弾がもとめられていた。
二日前にようやく、第八部隊がはじめにやっておくべきだったことに着手した。硝酸アンモニウムを手に入れたのとおなじ三人の隊員がトラックで軍の兵器庫に略奪をしに行った。エドワード・サンダースがいうには、うちの合法部隊が内部にいて手伝ってくれるらしい。
しかし、本日の午後の時点で彼らからまだ音信がない。革命本部もこれ以上は待つ気がない。手持ちの資材で作戦をすすめる長所と短所はいかのとおり。
「システム」は俺たちの合法部隊の検挙を続けることで手痛い損害をあたえてきている。「組織」は資金調達の面で合法部隊におおきく依存しているのだ。合法部隊からの資金供給が絶たれれば、地下部隊は自活のために強盗団にかわらざるを得なくなるだろう。
次に、革命司令部は、「システム」にたいして今すぐ一撃を加えることが、単に合法部隊へのFBIの取締まりを妨害するのみならず、必要不可欠なことだと感じているのだ。すくなくとも目下においては。「システム」の鼻っ柱を折って俺たちの行動力を証明することで、「組織」の士気を向上させることもできるだろう。この二つの目標は、ウィリアムスが言ってたところから推すと、コンピューターを全滅させるという本来の目的よりも急を要するようになっている。
またいっぽうで、もしも俺たちの攻撃が秘密警察に実害をあたえることができなかったら、あたらしい目標が達成できないのみならず、俺たちの意図と戦略について敵に警戒させてしまうので、あとでコンピューターを叩くのがずっと難しくなる。ヘンリーがそう見解を述べた。彼の偉大な才能は、いつも頭脳の冷静さを保って、目下の障害のせいで将来の目標を忘れない能力にあるのだ。しかも優秀な兵士でもあり、明日の作戦で自分の仕事を完璧にやり遂げる、固い意志を持っているのだ。完璧な作戦ができる状態になるまで待つべきだと考えているようだが。
革命司令部の人間だって早まった慌ただしい行動が危ういことは理解していると信じている。だが、彼らは俺たちの頭にはない沢山の要素を考慮に入れなければならない。いますぐFBIの歯車にモンキーレンチを投じてやるしかないと、ウィリアムズははっきりと確信している。さもなくば、やつらは蒸気ローラーのように俺たちを踏みつぶしてしまうだろう。そういうわけで、今日の午後の俺たちの議論の大半は、いまの手持ちの爆発物でどれだけの損害をあたえることができるかという細かい議論に集中した。
もしも本来の計画通りにFBIのビルの貨物の主搬入口にトラックで入場して貨物の受取場で起爆させたら、中央の広い中庭で爆発することになるだろうが、そこは四方が重厚なコンクリート建築で囲まれていて頭上は吹抜けになっている。その環境と現在の量の爆発物では建造物に深刻なダメージをあたえることができないと、エドワードと俺は合意した。
中庭に面した窓が開いているオフィスは全部めちゃくちゃになるだろう。しかし、建物の内部まで吹っ飛ばすことは望めないし、コンピューターがある地下二階まで貫通させるのは無理だ。数百人が死ぬだろうが、機械はたぶん稼働し続ける。

サンダースが弁をふるって、別の日に決行するか、彼の部隊が爆発物をもっと調達するまで二日待ってほしいと言ったが、これまで十二日間に必要な物資を調達することができなかった彼の立場は弱かった。百人近くの合法部隊が毎日検挙されているので、二日たりとも待つ余裕はないとウィリアムスが言った。その二日間で必要なものが手に入る確証がないかぎりは。
最終的に決まったのは、地下一階に直接、爆弾を設置しにいくことだった。主搬入口の隣の、十番通りに地下一階への搬入口がある。中庭の下の地下で起爆させたら、密閉状態が爆発をより効果的にしてくれるだろう。地下二階まで、ほぼ確実に地下を崩壊させて、コンピューターをがれきの下に葬ってくれる。そのうえ、地下にある通信設備と電力設備をすべてとはいかなくても大半を壊滅させてくれるだろう。不明なのは、建物が長期間にわたって使えなくなるほどのダメージを受けるかどうかだ。建物の詳細な設計図と建築家と土木技師たちがいないので、その問いには簡単に答えられない。
地下に行くうえでの難点は、そちらでの貨物の搬入が少ないので、搬入口がふだんは閉まっていることだ。ヘンリーはやむを得ないならトラックをドアに衝突させてぶち破るつもりでいる。
よし、これでいい。明日の夜になれば、今日よりいろいろなことがはっきりするだろう。

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