短編小説『あなたにとって世界一の美容師は、あなた。』
やっときた土曜日。
わたしは平日に溜めたストレスを晴らそうと外出したけど、特に目的はない。街を散策していると、無意識に男物を目で追っていることを自覚する。久しぶりに恋がやってきた。
散策を続け、人通りの少ない路地に入ると、気になる看板が目に留まった。
『「あなたにとって世界一の美容師は、あなた。」
ImaginatIon』
「美容院」や「サロン」の言葉がないのが気になるが、伸びてきた前髪を流して誤魔化すのも面倒になっていたところだったと気づく。全体的に髪も重い。わたしは「たまには別の店もいいかもと」入ってみることにした。
自動ドアが開いて中に入ると、スーツスタイルの女性が出てきた。年齢は30代くらいだろうか。落ち着きと品性のよさを感じる。
「いらっしゃいませ」
「えっと、いまからでも大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫ですよ。こちらにお座りください」
一般的な美容室同様、椅子の前には鏡がある。しかし、そこにはシャンプー台もドライヤーも雑誌すらない。周りを見渡してみても、美容院になければならないものがなかった。ただ1つを除いては。
わたしの隣には、パーマをあてるときに髪を加熱する機械があった。しかしそれは一昔前の型のようで、輪ではなく筒状になっている。しかも頭がすっぽり隠れてしまうくらい長細い。
店員が鏡に写るわたしに微笑んだ。
「当店はまだ実験的なお店でして、いまはまだ試用期間なんですよ」
店内は細長く、席は2つしかない。床から天井から真っ白で清潔感があり、座った椅子にはまだ小さな傷すらない。いかにも新装だ。
「腰にハサミとか、セットしてないんですね」
違和感を指摘しても、店員の表情は押しつけがましくない自然な笑顔だった。
「実はこちら、ローラーボールというパーマをあてる機械に似ているんですけどそれではないんです。お客様の脳内のイメージを読み取り、それに合わせてカットやパーマなどもこの機械の中でできてしまう。この業界最先端の製品でございます。
お客様、カットしてもらって『なんかちがうなー』って思ったことないですか?」
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