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短編小説『地獄が地獄でなければ地獄』

 改めて振り返ってみます。
 突然ですが、私は今地獄にいます。もう、2年くらい経つでしょうか。
 自分でも信じられないのですが、地獄は実在しています。実在、と書くと誤解を招きそうですが、死後の世界には実在していたという意味です。わかりづらくてすいません。
 私は大罪を現世で犯してしまいました。殺人です。人間のやることではありません。
 しかし私の罪は法に裁かれることから回避してしまいました。自慢かよ、と感じられたら本当に申し訳ないですが、こんなことを書くと反省していないと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は完全犯罪を成し遂げてしまったのです。
 罪を犯した後は、決して足の付かない土地で平凡に暮らしていたのですが、取り返しのつかない罪悪感から始まり、いつ捕まるんだろうという恐怖が脳内を満たし、いっそ自首して楽になってしまおうかと頭を過ぎるのですが、いやいやこんな犯罪が世間にばれたら私は世界中から底無しの誹謗中傷を浴びてしまう。
 そんな状況に私の貧弱な精神が耐えられるわけがない。それなら死んでしまった方がいい。でも死んだら犯人が私ということがわかってしまうでしょう。私は証拠を持ち歩いているのです。それだけで犯人が私だと結びつく代物ではありませんがヒントにはなります。
 海外で捨ててしまおうか思いました。だがそんなことをしたら本当に誰も私を捕まえられなくなってしまいます。それはさすがに卑怯じゃないか。私の死と共に犯人が判明する。
 そんなやり口、被害者の遺族は私を絶対に許さない。元から許すつもりなどないでしょうが。計り知れない憎しみの行方は宙ぶらりんとなります。
 それと死体の処理は誰がやってくれるのだろう、など平穏な地でも精神だけはすでに堂々巡りの地獄にありました。
 死んだらすべて終わりだと思う方もいらっしゃるでしょうが、私にはどうもそう思うことができませんでした。特に殺された方の遺族の方々や私の親族には、なんの恨みもないのでご迷惑をおかけしてしまうことに大変抵抗がありました。
 殺人を決行させていただくまでは、被害者のご家族が悲しむことがまったく想像できませんでした。私は彼らをご家族とはまったく関係のない別の生き物として観察していたのです。人が死ぬと悲しい、それに気づくことができたなら、私は罪を犯さなくてもよかったかもしれません。
 しかし終わりのない後悔も不安もやっと、こうして地獄に来られたことで、ようやく罰を受けられると安堵しておりました。罪の意識に苛まれないのだと。

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