短編小説『くもの形、ソースのシミ』
高校時代、どうしても彼女がほしい時期があった。好きとかどうでもよくて、彼女というステータスがほしかった。
僕は欧米人みたいな濃い顔の人が好きで、ぱっちりとした目、しゅっとした鼻筋に、でかい口。喜怒哀楽が絵文字みたいにわかりやすくて楽しそう、という理由。
女子の友達なんていないし、話しかけるのは恥ずかしいから、男子に声をかけて女の子を紹介してもらえないかと頼んだ。
「ソース顔の女子を探している男」
誰かが僕をそう呼んだらしい。
あまり女子にソース顔って言わないけど、キャッチーで伝わりやすかったらしく、「ソース顔女子」という言葉だけが学校中に広まった。
僕はしばらくソース顔の女子を探さないことにした。
「なー、お前ソース顔の女子って知ってる?」
友達のひとりが僕に問いかけてきた。
「どこにいるか教えてほしいよなー」
「お前勇気あるな」
「………」
詳しく聞いてみると、顔面ソースまみれの女がこの高校界隈に出現しているらしい。
まったく。くだらないぜ。僕の言葉が独り歩きして得体の知れない都市伝説に変わってしまったようだ。
息子が上京して5年ぶりに帰ってきたと思ったらムスメになっていた、としたらこんないたたまれない気持ちになるのだろうか。
この比喩はオーバーだとしても、言葉が独り歩きすることを知った。だからなんだ。
そんなうわさも1週間で聞かなくなった。それはそれでなんとなく悲しかった。結局どんなに変わってしまっても自分の子だということか。
僕は再び濃い顔の女子を探索し始める。といっても男子に紹介するように頼むだけだけど。
話しかけられないというのもあるけど、そもそもなぜ紹介させるのかというと、紹介で出会った2人は付き合うしかない雰囲気になるからである。
紹介は、紹介する人が勧めるなら大丈夫だろうという第三者の太鼓判がつく。だから断りにくい。
僕は容姿が優れているわけではないから、相手を逃げられない状況にする。これが僕の戦略。
しかし紹介してくれる人もソース顔の子もぜんぜん見つからないから、僕は人種のちがう男子に声をかけた。
「ソース顔? あー、いる。いるいる」
眉毛ほっせー。
こういうタイプとは目を見て話さないといけないけど、ちゃんと目を見れないから眉毛に集中してたら、嬉しい誤算。
彼によると、彼とその子は同じ塾に通っていて、ちがう高校だけど彼女はとても明るい子でさっさと仲良くなったらしい。
「いい子だから!マジでいい子だから!」
と彼が推していたから、顔は濃いけど配置がいまいちということかな。
ま、彼女のほうも彼氏をほしがっていると聞いているし、うまくいくと思う。紹介だし。
そして、いきなり2人で会うことになった。待ち合わせ場所と時間だけが僕には伝えられた。
日曜日、14時、公園。
お互い、顔は会ってからのお楽しみで、とのこと。
当日、公園に行って待ち合わせ場所の抽象的な形の像の前に立つ。その周りに立つのは僕しかいない。
あー、あともう少しで彼女いない歴イコールの例のやつともお別れなんだなー。
そう思うと青い空もそよ風も子どもたちの一喜一憂も、とても懐かしくて愛しいものに思える。
空気がおいしい。
「あのーすいません」
僕に言ってるんじゃないと思った。なんかこっちに近づいてる女の子いるとは思っていたけど。
だって、声をかけてきた彼女はもろ塩顔だった。細い目、平らな鼻、おちょぼ口。それに艶のある長い黒髪とふっくらとした頬は紫式部っぽい。てかおたふくっぽい。
「僕ですか?」
「うん」
「なんですか?」
「たぶんわたしが相手」
いや……あ。
否定しようとしたとき、頭の中でソースとおたふくががっちりハグしていた。
ちがう可能性を探るけど、おたふくとソースはもう「おたふくソース」になっていた。
ああ、細い眉の彼があえて間違えたに決まっている。
「てかさーキミ、あんまソース顔じゃないよね」
理解した。たぶん、この子もソース顔がタイプで、ソース顔がくると言われていたんだろう。
「確かに目はおっきいけど、それ以外はなんかさー、ブルドッグみたい」
……やられた。
しかし、彼女は僕が別の意味のソース顔でもまったく気にしていないようだった。
「ソーッスね!」という明るさは僕にはない。でも、幸福がやってきそうな彼女のソース顔も嫌いじゃなかった。
「ソース顔の女子」がどんな形になっていても、好きなものは好きなんだ。
ってことかもしれない。
おわり
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