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衰退企業に共通する「ファクト」の軽視 ー『衰退の法則』を読んで

昨年読んだ本の中ではぶっちぎりで面白い本だった。学術書ではあるが随所に示唆に富んだコラムが差し込まれとても読みやすい。

本書は元産業再生機構のメンバーとして数々の企業の再建に関わってきた著者の優良企業と低迷企業に対する知見を基にした学術研究を基に書かれている。
本書を要約すれば、古くからの日本企業には自走する厄介なサイレントキラーが潜んでおり、それは有事に牙をむき、一度走ると止めることは容易ではない、ということ。その一方で、優良と言われる企業においては、そうした性質を有しながらも、ファクトベースの規範と人事部局の統制に基づく公正な人事プロセスにより、サイレントキラーを食い止めることができている、ということらしい。

ファクトベースに関しては、例えば某化粧品メーカーの意思決定の場が典型的なダメな例として紹介されていた。該社で今季のトレンドカラーを決める会議を実施した際、データに基づく報告が、とある在籍の長い役員の「うちの妻が何々色が流行ると言っていたが・・・」といった与太話に覆されてしまったといった笑える笑えない話が紹介されていた。
これは極端な例だが、古典的な日系企業に勤めたことがある方であれば、似たような経験を思い当たる方も多いのではないか。

組織風土・カルチャーの問題というのは、往々にして内部にいる誰もがなんとなくおかしいと思いながら、しかし顕在化している問題が多すぎるゆえに全体像がとらえきれていない状況となっている。本書はそれを4つの簡潔な枠組み「トップの意思決定」・「ミドルの社内調整」・「人事プロセス」・「経営層のリテラシー」でとらえ、且つ、それを抑制するための仕掛けの可能性まで示唆してくれている。

しかも、従来この組織風土、いわゆるカルチャーの領域の分析の多くは、著者の主観に基づく仮説の域を出なかったのが、学術的な定量アプローチから解き明かしている点に決定的な重要性がある

▼以下興味深かった箇所のメモ

・サイレントキラーのサイクルは①経営陣の意思決定プロセス -予定調和的色彩の強さ、②ミドルによる社内調整プロセス  -事前調整の重視と妥協色の強さ、③ミドルの出世条件・経営陣登用のプロセス ー幹部意向の忖度・社内調整力・派閥所属・「出すぎず気が利く」という特徴、④経営陣のリテラシー -強い社内政治力・低い経営リテラシー・実務能力

・サイクルが起こす現象、①事業環境の変化への感度の変化、②意思決定における戦略性・経済合理性の低下、③組織内に摩擦が生じる事業構造改革への躊躇

・経営学におけるパワーベース。①同一パワー(その人にならりたいから従う)、②情報パワー(その人が持っている情報が正確でてきかくだから従う)、③正当パワー(正当な権限に基づいている)、④賞罰パワー(従えばいいことがあるし、従わなければわることがある)の4種類。衰退企業は③④に偏重している。優良企業は②③。

・組織を背負う覚悟とは、組織の現在でなく組織の未来との関係を含む意識。いわゆる愛社精神(情緒的コミットメント)とは明確に区別されるべきもの。愛社精神は従来、組織の価値観の内面化を通じた効率的組織運営を可能とするものと言われるが、しかし組織の価値観に沿った行動を促すがゆえに、逆に、組織の変革やイノベーションの阻害要因となりうる側面を有する。逆に、組織を背負う覚悟は、言いにくいことを言う、組織予定調和行動を抑制する影響を及ぼす。これが文化的な癖を補正できる可能性を持つ

・本社組織は、経営陣および収益部門という社内顧客に対してサービスを提供する役割を担っているため、意見表面を自粛し、摩擦を回避するインセンティブを構造的に有している。これが社内予定調和行動につながっている可能性がある

・優良企業と衰退企業の差異①事実をベースとした議論を尊重する規範。優良企業にも根回しは存在するが、その際のドキュメントはファクトベースになっている

・優良企業と衰退企業の差異②人事部局の統制に基づく公正な人事登用プロセス。人事部門が多大な労力をかけて、個人の評価情報を収集し、個人の評価に関して上長よりも人事部門の方がより多くの方法を有している。そしてそれゆえに社内で高い信頼を獲得している

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