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久しぶりに発熱して思い出したこと

先日久しぶり高熱を出して寝込みまして。

寝込んでいる間に昔の事を思い出したので、ちょこっと書きます。

生きてきた中で1番しんどい辛い時期はありますか?
そう聞かれると19、20歳の頃と答える。
実家暮らしで生活に困っている訳じゃないし
仲の良い友だちもいるし、家族もいる。
そんな環境の中にいるのに、毎日不安や不満に襲われていた。
お金はないけど、時間はたくさんある。
時間はあるのに
「やりたいことがない」
それが1番辛い時期だった。

好きな事をして、遊んでいるはずなのに、
なぜかいつもモヤモヤしている。

一生このまま変化のない毎日を過ごしていくのか?やりたい事があるはずだ!
でも何がやりたいのかわからない!
みたいな葛藤を毎日繰り返してた。

それまでのぼくは、熱しやすく冷めやすいタイプで
いろんな事にハマっては、夢中でそれをして、飽きたらまた別の事にハマる。みたいな感じで
常にやりたい事があった。

仕事のことについても中学生の頃には手に職をつければどこでも生きていける。と考えて大工になろうと決めていた。
なぜ大工になりたいのか?と改めて考えてみると手先が器用とか、大工がかっこいいからとかそんな理由じゃなくて、身近に大工という仕事があったからだと思う。
むしろ手先は器用じゃないし、慎重に作業をするのは苦手だった。
高校を卒業してすぐに大工の見習いになった。

仕事自体は嫌いじゃなかったし、苦手でもなかった。
しかし、すぐに風邪をひくし、すぐにお腹も壊すので
半年でクビになった。
大工の棟梁に「お前は大工に向いてない。別の仕事を探した方がいい。」とハッキリ言われた。手に職をつけたいととりあえず決めた大工への道はあっけなく閉ざされた。そんな甘い道ではなかった。

そこから、やりたい事がわからなくなった。
あれやりたい、これやりたいとは思うものの
行動に移すことはなく考えるだけ、結局何もしないままら3ヶ月ほどぶらぶらした。

ちょうど新しくオープンするコンビニがスタップを募集していたので、そこでバイトをすることにした。
そこは居心地がよく毎日が楽しかった。
友だちも出来たし、彼女も出来た。コンビニのオーナー家族には本当によくしてもらって、今でも恩を返しきれていないくらい。
しかし、そんな状況で「何かが違う。やりたいことはなんだ?」
という思いが芽生えてきた。ここからが1番辛い時期で
仲間や家族に囲まれて彼女もいる。そんな状況で何をしてても
いつも不安で何かに怯え、焦っていた。
その時はわからなかったけど
いま考えると将来が見えないことに対する不安と恐怖だったんだと思う。

今は将来が見えるのかると言われると
そんなことはないけど、少なくとも進みたい道は見える。
そこが、いまとその頃の大きな違いだろう。

何をしてもそんな漠然とした恐怖を、消すことは出来なくて1年、2年と過ぎていった。

その後イラストの専門学校がらある事を知って、その学校に入学してイラストを学ぶようになってからは、それまでのような漠然とした恐怖はなくなった。

専門学校時代や卒業して数年は。お金がなくてどこにいくのも自転車で移動して、もやしばかり食べてた時期もあったけど、その時は「やりたいこと」が見つかっていたので、全然苦しくはなかった!
絵を描く事に夢中になっていたから。

イラストレーターという道があると知ってからは、そこに向かって無我夢中で進んだ。
ぼくは小さい頃から絵を描くのが好きだったし、得意だったけど。
それを職業にしたいと思った事がなかった。
なぜなら身近にそんな事を仕事にしている人がいなかったから。
でもその道に、出会ってから一気にぼくの世界は広がった。和歌山から大阪、大阪から東京へ。
そして日本だけじゃなく、フランスで展覧会をしたり韓国でアートイベントに出展したり海外の仕事にも携わっるようになった。
数年前から香港の子どもの絵画コンクールの審査員をしたりもしている。

発熱をしてなぜか、その時の事を思い出したので、初心に返って来年はもっと真剣に挑戦していこうと思う。

書いてる途中で文章が物語風になってしまったので。そのまま最後まで書いてしまいましたが、だいたいこんなような事をいま思って燃えている訳であります!
今年のやり残しもまだあるので、しっかりやります!

なんだか、振り返りが出来たし。初心も思い出したし、たまに寝込むのもいいかもですね。

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