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18世紀の幻想建築 〜ルドゥとブレ〜

 今日は前から気になっていた、西洋建築史におけるとあるムーブメントについて、紹介したいと思います。18世紀の新古典主義の一派である、幻想建築についてです。

1.西洋建築史における幻想建築の立ち位置

 18世紀までの西洋建築史を大雑把にまとめますと、まず14~16世紀ごろに古代様式の再生を目指した、ルネサンスという文化運動がありました。その後の16~18世紀ごろではバロック(ロココ)と呼ばれる様式が誕生し、そして18世紀中ごろから再び古代を模範とした、新古典主義が現れます。

 こうした建築的動向は大方、前の時代への反動から生まれます。たとえばルネサンスでは、古代ローマ建築に見られる比例構成、静的な秩序や均衡を重要視しています。しかし、その後のバロックでは、一転して平面構成に楕円などを用いて、動的な効果や豪華な装飾を目指すようになります。さらにそうしたバロックへの批判として、古典の本質を取り戻し単純で合理的な建築を志向したのが、新古典主義となります。

 この新古典主義にも、大きく分けて二つの傾向が見られます。一つは、古代建築(特にギリシア)を考古学的に理解して設計に取り入れるものです。たとえばスマークの設計した大英博物館は正面を、古代ギリシア建築のオーダーを再現した列柱で飾っています。

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▲大英博物館(2019年3月筆者撮影)

そしてもう一つが、古代建築を合理的に解釈する理知主義的なものです。当時の建築理論家ロージエは『建築試論』という著書のなかで、建築はギリシア建築のように装飾を無くし、柱や梁そして切妻屋根といったシンプルな要素のみで構成されるべきだと主張しました。こうした合理的で単純な形態を追求する態度が、具体的な空間のアイデアとなったのが幻想建築です。

2.幻想建築家①ルドゥ 〜アルケ・スナンの製塩工場〜

 幻想建築を設計した建築家として、まずクロード・ニコラ・ルドゥが挙げられます。彼の代表作・アルケ・スナンの製塩工場(フランス)は、世界遺産にも登録されています。

この建築は、製塩所の監督官の邸宅を中心とした半円の周上に、工場や労働者の住宅といった関連施設が立ち並ぶ建物群となっています。実際には半円形に留まりましたが、正円形の都市を築く構想もあったとされています。このような単純な幾何学形態の理想都市により、労働組織の効率化が図られ、次世代の工業都市の規範となりました。ちなみに磯崎新さんは、つくばセンタービルに設計において、この製塩所の柱の形を引用したと言われています。

 彼の作品は他にも、実作ではラ・ヴィレットなどに残るパリの通行税徴収所の市門、計画案では球形の住宅案などが知られています。

3.幻想建築家②ブレ 〜ニュートン記念堂案〜

 ルドゥの、アルケ・スナンの製塩工場は実際に建設されましたが、幻想建築の多くは構想段階で終わっていました。もう一人の幻想建築家、エティエンヌ・ルイ・ブレは、奇想天外な計画を多く手がけましたが、当時の技術力では実現が難しく実作には恵まれませんでした。

 たとえば彼の作品に、ニュートン記念堂設計案があります。

これは物理学者ニュートンの功績を讃えて、円筒形の台座の上に直径150mにも及ぶ球体を載せた建築案です。球体の持つ左右対称で規則正しい形態の完全性が人々にとって心地良いものだとし、宇宙に着想を得た抽象的な空間となっています。また球殻には多数の穴が開けられ、昼夜で異なる光の演出が図られていました。昼間は穴を通過した無数の光によって、内部空間が夜の星空のようになり、また夜間は内部に吊り下げられたオブジェから光が放たれ、その光が無数の穴を通して外側へ溢れ出るようになっています。ただ、このような構想は当時の技術力では実現できませんでした。

 彼の作品は他にも、巨大なヴォールト天井を持つフランス王立図書館案が知られています。

4.最後に

 このように単純な幾何学形態を志向した空間には、人々を惹きつけるものがあるように思います。もし、あの巨大な球体であるニュートン記念堂が実現していたら、、、自分なら、何がなんでも足を運んでいたことでしょう。

 彼ら以外にも、幻想建築を追求した建築家はいました。たとえば、ドイツのF・ジリーは、ギリシア神殿の基壇および門を古典的形態から単純な幾何学的形態に置き換えた、フリードリヒ大王記念堂を計画していました。さらにイギリスのJ・ソーンは、イングランド銀行ホールにおいてローマのパンテオンを想起させるドームを単純化することで、厳格な空間を創り出しました(こちらは実作です)。

 さて近年では、単純な幾何学的形態を志向するムーブメントはあるのでしょうか。あまり見かけないような気がしますが、たとえば藤本壮介さんが構想している、2025大阪・関西万博の会場には、巨大なリング状の主動線が配置されています。

 あるいは、このような形態は現実空間ではなく、VRなどの仮想空間に向いているのかもしれません。単純な形態だからこそ、VRグラス越しでも空間が把握しやすく、さらに建設するうえでの技術力や敷地といった制限を考慮する必要がありません。実際に、先述のニュートン記念堂の項でリンクを貼ったサイトでは、この建築をVR空間で再現したプロジェクトが紹介されています。

 18世紀の新古典主義・幻想建築は時代を超えて、現代の仮想空間で復活し得るか?そんな妄想で、この記事を締めたいと思います。お読みいただきありがとうございました。

〔参考文献〕
・西田雅嗣, 矢ヶ崎善太郎, 図説建築の歴史ー西洋・日本・近代, 学芸出版社, 2003, pp. 58-61.
・陣内秀信ほか, 図説西洋建築史, 彰国社, 2005, pp. 150-151.
・熊倉洋介, [カラー版]西洋建築様式史, 美術出版社, 2010, pp. 138-140.
・世界遺産検定事務局, すべてがわかる世界遺産大事典<下>, マイナビ出版, 2020, p. 276.

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