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自律神経系から考えるトラウマ療法~ポリヴェーガル理論

ポリヴェーガル理論という言葉をご存じでしょうか。

初めて耳にする方も多いかと思います。

ポリヴェーガル理論は1994年にアメリカの神経生理学者ポージェス博士によって発表されたもの。

心や身体の状態を、3つの自律神経系の働きから説明でき、現在トラウマ療法の分野で注目されています。

不知火塾 第14回目は、花岡ちぐさ先生による「トラウマとポリヴェーガル理論」がテーマでした。

花岡先生は、NHKスペシャルで活動を取り上げられるなど、多方面で活躍されていらっしゃいます。

私たちを取り巻く社会は日々発展していますが、その反面イライラしたり不安になったりすることも多く、余裕のない日々を送っている人も……。

氷山に例えると怒ったり、泣いたり、引きこもったりといった行動が一角に見えますが、その下には恐怖、孤独、痛み、不快感などが隠れているそうです。

花岡先生は問題を根本的に解決するには、これらの感情への対峙が必要だとお考えです。



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ポリヴェーガル理論とは

ポリヴェーガル理論とは「ポリ」(Poly:多重の)と、「ヴェーガル」(Vagal:迷走神経)を表しており、人間の進化の過程に基づいた考え方です。(※多重迷走神経理論とも訳される)

人間の身体は古い神経に、新しい神経が加わりながら進化してきたと説明されます。

約5億年前、無顎類(むがくるい:顎のない魚)に存在したのが背側(はいそく)迷走神経、そして硬骨魚類(こうこつぎょるい)で交感神経が、哺乳類で腹側(ふくそく)迷走神経が出現したとのこと。

これらの自律神経系をそれぞれ説明いただきました。

◆ 自律神経系の3つの要素

①背側迷走神経複合体

進化の過程で一番古く、呼吸や消化・休息をつかさどる神経であり、危機に瀕すると、酸素を使わず温存モードに入る機能。
優位になると、凍りつき・シャットダウンを支持する生理学的状態になる。

②交感神経系

進化の過程で二番目に古い神経系で、運動や迅速な動きの機能を担当し、危機に瀕した場合には「闘う」か「逃げる」反応を引き起こす。
優位になると、怒りやすく、キレやすい状態になり、闘争/逃走を支持する生理学的状態になる。

③腹側迷走神経複合体 

社会交流システムを支持する役割があり、背側迷走神経系と交感神経系のバランスをとる機能
人と助け合ったり愛し合ったりするために闘争/逃走反応を抑制する。
優位になると一人でいても皆でいても楽しく社会交流ができる状態になる。

◆ 神経系は「危険」を検出している

ポリヴェーガル理論によると、神経系が行動に及ぼすメカニズムは、「危険」を検出した時に発動するそうです。

心を固く閉ざしている人は、ガードをすることで傷つきやすい部分を隠し、自分を守ろうとする状態になっているために、トークやセラピーのサポートと同時に、身体的な側面にも着目するソマティックなアプローチも大切
とのこと。

感情や心の状態のみならず生理学的な側面、特に自立神経の働きが重要だと話され、トラウマをポリヴェーガル理論に沿って説明いただきました。

ポリヴェーガル理論で考えるトラウマ

トラウマ体験が過去の出来事でありながら、現在でも身体が反応してしまうのは、手続き記憶に刻まれているためだと説明されます。

このメカニズムを理解する上でポリヴェーガル理論が有用だとおっしゃいました。

◆ 恐怖がシステムに取り込まれるトラウマ

トラウマは命にかかわる重大な出来事から、長期にわたって生きる力を奪っていくような他人に見えにくい経験まで様々あるとのこと。

古来から哺乳類は安心や安全の合図を出し合うことにより、生き延びてきたと話されます。

共同調整し合ってきた人が脅威の源となる、いじめやハラスメントは、生物学的に必須要件を脅かす甚大な問題であるとおっしゃました。

人に対する恐怖感や不信感が生まれ、安心できる相手であっても相談することが怖いと感じられる、つまり、恐怖がシステムに取り込まれてしまっている状態になると説明されます。

◆ 安全・危険を判断するニューロセプション

ポリヴェーガル理論において、安全と危険の知覚での重要な概念は「ニューロセプション」(環境中のリスクを評価する無意識の神経的プロセス)だとおっしゃいます。

通常は正常に機能し、安全や危険を適切に判断して行動を選択できますが、トラウマ体験があるとニューロセプションが誤作動しやすくなるとのこと。

誤作動すると腹側迷走神経が働く社会交流システムが影響を受け、相手の思いに呼応できず、安全の合図の適切なやり取りができなくなるそうです。

特に不適切な養育環境や虐待的環境では、ニューロセプションを健全に育てることが難しくなるとのこと。

さらに孤立すると安全の合図の練習ができず、人間関係の構築が困難になり、生きづらさが生じる可能性を指摘されました。

◆神経系が状態移動できなくなる

ポリヴェーガル理論によれば、トラウマとは神経系が自由に状態移動できなくなった状態と捉えられるそうです。

逃げる、闘う、凍りつくといった行動は本来適応的な反応であり、状況に応じて必要な行動とのこと。

危機に瀕した哺乳類は腹側迷走神経複合体を使って交流し、それが上手くいかないと闘ったり逃げたりし(交感神経系が働く)、それでも対処できなければ背側迷走神経複合体(凍りつきの状態)が働くと説明されました。

状態移動ができないと不適応になり、トラウマの症状が引き起こされるそう。トラウマサバイバーは、この凍りつきの状態にあるとおっしゃいます。

≪危機への対処≫
 腹側迷走神経複合体(社会交流)
 ↓
 交感神経系(闘争/逃走)
 ↓
 背側迷走神経複合体(凍りつき)


≪トラウマへの再交渉≫
 背側迷走神経複合体(凍りつき)
 ↓
 交感神経系(闘争/逃走)
 ↓
 腹側迷走神経複合体(社会交流)

 

トラウマへの再交渉では、逆の道筋を通って神経系の安定を取り戻すそう。

このときに実践されるのがソマティック・エクスペリエンシング®のアプローチです。

自律神経系に働きかけるソマティック・エクスペリエンシング®

ソマティック・エクスペリエンストラウマ療法はピーター・ラビン博士によって提唱された手法で、自律神経を重点的に取り扱い、症状や行動ではなく、それを動かすモーターの部分にアプローチするとのこと。

神経の活性化と不活性化のバランスを整え、状態移動をサポートしながら、少しずつプロセスを進めていき、神経の耐性領域を広げていくそうです。

ピーター博士の研究に基づく動物行動学や心理学の知見に、ポリヴェーガル理論が説明を加えトラウマ解放の原理がより明確になったと述べられました。

この療法は愛着と人間関係の神経生物学に働きかけ、新しい安定した自己像と人間関係スキルの基盤を築くことが可能にするそうです。

私たちには脅威に対して身構え、その源を確認し闘争/逃走反応に出て対処または凍りつき、その後、脱出や脱活性化を経て安心感を取り戻し、社会交流を復活させるというサイクルがあるそう。

このサイクルが途中で中断されると、それがトラウマの原因になると指摘されました。

こうした自己防衛反応が未完了だと怒りや不安、恐怖が持続し、身体に刻まれ、怒り、抑圧、不快感、自己嫌悪の悪循環に陥り、解離して強い感情に触れることを避けようとするとおっしゃいます。

完了したいという衝動が強まり、自己嫌悪や殺人レベルの怒りに繋がる可能性があるため、これを完了させることが非常に重要だと述べられました。

ソマティック・エクスペリエンストラウマ療法では、これらの感情や反応に安全に向き合い、解放していくことが重要であり、その効果について事例を通して具体的に説明いただきました。


今回ポリヴェーガル理論という言葉を初めて知り、難しい内容もたくさんありました。
ただ、本能的な反応が人間には備わっており、それが未完了だとトラウマになり得るという点は非常に興味深かったです。

貴重なお話をありがとうございました。


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