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モンゴル滞在記 (6)拡大しつづける民と安定を求める民

拡大しつづける民と安定を求める民


あの山を越えたら。
あの山さえ越えたなら。

もしこの地に生まれていたら、きっとそう思う。
平らな土地を馬で駆けぬけ、たとえ幾日かかったとしてもあの山を越える。
そうして新しい土地をみるんだ。
ここにはない作物が育っているかもしれない。
水があるかもしれない。
みたこともない人がいるに違いない。
そこには、新しい世界がある。

ウランバートルをはなれ、カラコルム(ハラホリン/Хархорин)へ移動した。授業で習った記憶がある人も多いだろう。チンギスハンの息子、オゴデイ(オゴタイ)が作った国際都市だ。仏教のお寺、キリスト教の教会、イスラム教の礼拝所もあったこの場所は、今は栄華とは程遠かった。ウランバートルと比べると、小さな小さな都市。ジオラマをみて、往年の姿を思い浮かべながら、私は誰かの質問をぼんやりと聞いていた。

―今の人口はどれくらいなのですか?
―1万2000人くらいです。
たしかウランバートルには約150万人。モンゴル総人口の半分が暮らしていたはずだ。

―当時はどれくらいの人が住んでいたのですか?
―そうですね、だいたい1万2000人くらいです。

説明してくれていたカラコルム博物館の人を二度見する。
あ・・・れ・・・?
モンゴル帝国時代と、今と同じ人口なの?
ちょっと拍子抜けした。今の10倍は住んでいると思ったから。

けれど、博物館の外にでて高原を見回すとそれもうなずける気がする。
彼らは定住の人ではないのだ。都市に住むよりも外へ、外へ。
見たことのない大地を探し、帝国を拡大しつづける民。
私たち日本人とは違う。

たとえば旅行にしたって、私たちはどこかで「家に戻ってくるため」に旅行している側面があるように感じるのだ。自宅に戻って「あぁ、うちの布団が落ち着く。」「やっぱり我が家が一番。」と慣れ親しんだ場所に戻ってくる喜びを噛み締める。
それは、島国であるからかもしれないし、なにがなんでも新しい土地へ行かなくてもいいくらいには、水や大地に恵まれているとも言い換えられるが、結果的に、私たち日本人は根本的に内向きの定住民族なのだと言える。
内へ内へと安定を求める民。
前回、同じ人間だから悩みは似てくると書いた。
それでも、風土が違うとやはり感覚は変わってくる。

「音楽の哲学入門」という本の中で(著:セオドア・グレイシック)鳥の歌は「歌」なのか、という論があった。
結論から言うと、鳥の歌はたしかに「歌」のように聞こえるが、「歌」ではない。「歌」というものは、それぞれの文化的伝統を体現し、それに応答しているからだ。たとえそれが、継承だろうか反発だろうが、私たちには文化が意識的/無意識的に受け継がれている。
そう、私たちの体に、文化が内包されているのだ。私たちはどこまでいっても、これまでの歴史や文化と無関係でいられない。

一人一人の中にある、蓄積された記憶、蓄積された文化。
それらがさらに積み重なり、次の時代に受け継がれてゆく。
「同じ」人間である私たちが、それぞれ「違い」を理解して、尊重しあえたら、きっと面白いことがおきるんじゃないかな。


モンゴル帝国の領土図壁画。飛べそう。
ここはウランバートルから車で6時間。


そのカラコルムの跡地に、宮殿の廃材を利用してたてられた仏教寺院がある。エルデニゾー( Эрдэнэ Зуу)だ。

「ゾー」はチベット語というだけあって、チベット仏教の影響がみられる。

文化は、混ざり合う。


英語の記事はこちらから
https://ekotumi.medium.com/travel-to-mongolia-6-4bcd8f507c54


モンゴル滞在記 次回は...
(7)ゲルと恐怖と砂漠と
https://note.com/ekotumi/n/n0ec232d014c8

(8)ゴビ砂漠への旅
https://note.com/ekotumi/n/n7319796de9e0
(9)我夢に胡蝶となるか 胡蝶夢に我となるか
https://note.com/ekotumi/n/ne552689ffb0b
(10)赤い土地バヤンザグ
https://note.com/ekotumi/n/n6157eefc4a99


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