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マッチングアプリで爆速恋愛した話⑧ギブアンドギブ

【前回までのあらすじ】
マッチングアプリで年下の純也さんとすぐに交際成立した私。だが、クリスマスイヴの夜に不満は爆発寸前で…

***

「そろそろプレゼント交換しよっか。」

目を覚ました純也さんはそう言って、クローゼットからプレゼントらしきものを取り出した。慌てて私もカバンからプレゼントの包みを取り出す。

私が用意したのはペアのグラスとワインのミニボトルだった。
つい先日に誕生日プレゼントも渡した後だったため、今度は何が良いかと長考し、結局、純也さんの好きなものをという想いでセレクトした。
もちろんワインの銘柄には詳しくないし、グラスも高価なものではないが、私なりに純也さんのことを考えながら選んだ。この悩む時間こそが愛だと、そう感じていた。

「はい!」

純也さんに渡されたプレゼントは、受け取った私の手を少し沈ませる程度の重みがあった。その重みや包みの形状は、私が純也さんに手渡したそれとひどく似通っている。嫌な予感がした。

同時に開封すると、やはりそれはペアグラスだった。プレゼントがかぶってしまったのである。

ただ、それは私にとってネガティブなことではなかった。むしろ、同じものを選んだという事実が面白くて、嬉しくて、忘れられない思い出になると思った。

純也さんは私があげたグラスに対してありがとうと一言だけ告げた。そしてそのリアクションよりも数段弾んだ声色で、私の手に握られたグラスについて語り出した。

「そのグラスは〇〇ってワイナリーがつくったものでね、面白い構造でワインの香りを楽しむために、………」

純也さんの目はきらきらしていた。その瞳は、さきほど私があげたグラスを見つめていた瞳とは雲泥の差があった。

すん、と。音が聞こえるかのようにさっきまでの嬉しさがみるみる消えていく。たちまち、暗い気持ちが私の中に流れ込んできた。

なんで純也さんは私にペアグラスを選んだのだろう。私は純也さんがワイン好きだからと思って、彼のことを考えて、でも、純也さんは?ワインが苦手だと言った私にどうしてこれを選んだのだろう。

考え始めるうちに、涙が出そうだった。
だって、答えは明白だからだ。純也さんは、私のことを想ってなどいない。自分の欲しいものを買っただけなのだ。

「でさ、プレゼントを買うついでに自分用にこれも買っちゃったんだよね!」

純也さんは心底嬉しそうな表情で、クローゼットから小型のワインクーラーを取り出した。後に続くうんちくは、私の頭に全然入ってこない。

プレゼントのついで?
違うじゃん。プレゼントのついでに欲しいものを買ったんじゃない。欲しいもののついでにプレゼントを買ったんじゃん。

「で、どっちをどっちの家に置く?」

四つ並んだグラスを見て、純也さんが言った。

「えっ?」

思わず声が漏れた。どっちって、そんなの“貰った方”に決まってる。あげたものを自分が持つなんて、プレゼントの定義が狂う。

そんなことを言うのは、純也さんが“自分が欲しいものを買った”証明に他ならなかった。

そうだよね。私の選んだものはそんな有名なブランドでも高級なものでもなくて、キッチンショップで買ったなんの変哲もないグラスで。
かたや純也さんが選んだのは純也さんの感性に響く、純也さん好みの、純也さんにとって素敵なものなんだから。
どっちが欲しいかなんて、そんなの…。

「こんな立派なグラス、落として割っちゃったら怖いから純也さんがこっち持ってて。」

嘘をついた。本当はもういらなかった。このグラスを見る度に悲しい気持ちがフラッシュバックしそうでたまらなかったから。
いや、それも嘘だ。本当は、もうどうでもよかった。何もいらないし何もあげたくない。そんな気持ちになった。

子どもの頃、サンタさんには自分の欲しいものをねだった。そしてきちんと欲しいものが届いた。
私は純也さんのサンタになれなかった。それだけのことだ。

プレゼントは相手のことを色々想い、選ぶ時間こそが愛だと思っていた。でも、それはあくまで私だけの解釈。それだけのことだ。


「ひとつ、お願いがあるんだけど。」

自分の“欲しい方”のグラスを手に入れられて気分がいいのか、体調不良ということを忘れたように上機嫌に純也さんが言った。

「ん…なに?」

「膝枕してほしい。」

少しの落胆の後、一周回ってすごいなと感心し、また落胆した。

何も貸さない、料理しない、ケーキ食べない、お酒飲まない、体調不良だから寝る。理由があるとはいえ何もしない純也さんは、その事態に恐縮する事なく希望や欲望を述べる。

私は彼に与えるばかりだ。何も返ってこない。
ギブアンドギブ。

純也さんが体を折り曲げて、私の太腿に頭を乗せた。髪の毛が肌の上でわしわしと動く感触を感じて、3秒。ぞわっと鳥肌が立った。

「ごめん、無理かも…。」

考えるより先に声が出ていた。

純也さんはすぐに起き上がって姿勢を正す。二人の間に緊迫した空気が流れた。

「ごめん。何が嫌だった…?」

「……急に距離詰められた感じがして、あと、前も言ったけど甘えられるの苦手っぽい。」

そういえば二人で食事する時も個室の店を希望されたりして、あれもなんだか嫌だったなと急に思い出す。どうして、いつもこんな時に気付いてしまうのだろう。

「そっか…。でもね、好きだから、触れ合いたいって思うんだよ?」

俯く私の顔を覗き込んで純也さんは言う。そのセリフに、とてつもない嫌悪感がした。吐き気がする。

あ、無理。無理だ。これはもう無理。私、彼氏のことを気持ち悪いって思ってる。理由なんていらない。好きじゃない。

別れよう。

堰を切ったように、彼への不平不満が胸を襲う。
私は意を決して、純也さんに今日までの不満を話した。
用意すると言ったのに荷物や料理の準備を何もしてくれなかったこと、お酒やケーキを彼の事情で取りやめにさせられたこと、ゆっくり進みたいと言ってるのにボディタッチが多いこと、放置されてるのにLINEすら許してもらえないこと。

純也さんは言葉を失い、項垂れている。
その姿を見ても、私の胸には同情や申し訳なさが沸いてこない。


終わりへのカウントダウンは、とっくのとうに始まっていた。


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