見出し画像

マッチングアプリで爆速恋愛した話⑦はじまりのクリスマスイヴ

【前回までのあらすじ】
孤独に耐えかねてマッチングアプリに登録した私。年下の純也さんとすぐに交際成立したが、多少のモヤモヤを抱えていた。

***

師走という名の通り、12月は目まぐるしかった。

仕事も年末進行でバタバタしていて、色々な友人からそれぞれに忘年会の誘いがあり、もちろん純也さんとのデートも週に一度、欠かさず重ねていた。

そんな中私の蛙化現象は相変わらずで、一緒に映画を観にいったのに感想を語り合おうとせず、それ以外の話を聞かされることに不満を覚えたり、点字ブロックの上を歩くと足が痛いという私に「靴履いてるのに痛いのなんで!?ほら、全然痛くないよ!!」と点字ブロックの上で足踏みを繰り返す様にイライラしたりした。話すときの癖なのか、純也さんがたまに白目を剥くところも嫌だなと思い始めていた。

でも、それらは全て私の感情ではなく一時的な生理現象だと考えていたので、別れを考えたりはしなかった。だって、私は純也さんがちゃんと好きなのだ。

イベントごとの多い12月。
まず最初に迎えたのは純也さんの誕生日だった。
お互い仕事だったので、当日は「おめでとう」と「ありがとう」のシンプルなメッセージのやり取りのみになった。
このとき、純也さんがどうしても当日にお祝いがしたいと言い出すような人じゃなくて良かったと、密かにほっとした。

そして週末のデートで、本革の名刺入れをプレゼントした。
交際が始まってから日が浅いため、純也さんの好みにヒットするというよりかは定番どころの無難なプレゼントになってしまったが、彼の好きだと言っていた色を選んだ。私なりに考えて選んだプレゼントだ。大丈夫、愛はこもってる。
純也さんはニコニコと嬉しそうに受け取ってくれて、ちょっと照れ臭かったり嬉しかったりした。

またある日の帰り道。
純也さんが改めてクリスマスの日に用意しておくものはある?と聞いてくれたのでコンタクトの洗浄液と、寝巻きを借りたいと伝えた。
すると、洗浄液は前に使っていたものがあるはずだから探しておくと言ってくれたのだが、寝巻きについては持ってきて欲しいと言われた。

「俺の持ってるのぼろぼろなのばかりで…えくぼさんに貸せるような代物じゃないからさ。」

「えっ、うん…。じゃあ持っていくね。」

はじめて、明確に純也さんへの不満を「感情」として認識した。
荷物を減らすために事前に用意しておくと言ったのに、一番かさばる衣類を持参しろという純也さんの発言がなかなか理解できなかった。
それに、無いなら買えばいい。そもそも最初はそう言っていたはずだ。
そこまで考えて、これって私の求めすぎなのだろうか?と少し落ち込んだが、ものの数秒で思い直す。いや、私が要求したのではなく、彼が自分で言い出したことなのだ。言ったのにやらない。言動の不一致に私は苛立っているのだと。

結局、コンタクトの洗浄液も彼が用意してくれることはなかった。

クリスマスイヴ当日。私は必要なものをすべて持参して、純也さんの家へ向かった。仕事が長引いて少し遅れてしまったが、純也さんはステーキに添えるマッシュポテトと洋野菜のソテーをつくると言っていたので今頃その支度をしながら過ごしているだろう。

はじめて降りる駅で、純也さんは「ようこそ」と少しおどけたように私を迎えてくれた。
まずは飲み物などを買うためにスーパーへ寄る。私も純也さんも、お酒は好きだ。今日はクリスマスだし、純也さんもワイン好きだし、シャンパンを買うのもいいかもしれないなどと考える。あぁなんだ。私ってば、なんだかんだで今日を楽しみにしてたんだ。

「今日なんか胃の調子が悪くて…お酒はやめよう。」

だから、純也さんがなんでもないような顔でそう言ったのにびっくりして、何も言えなかった。

ジュース売り場の前で何も言えずにいる私を尻目に、純也さんはジャスミン茶を手に取った。

あぁ、よりによってクセのあるジャスミン茶なんだ。「どれにする?」とか聞かないんだ。ていうか、「俺は今日飲まないけど、えくぼさんはどうする?」とか聞いてくれないんだ。別に同じ飲み物じゃなくてもいいじゃん。

一気に思考がめぐる。
心にどろどろと澱んだものが流れ込んでくるみたいだ。
さっきまでの浮かれた気持ちはどこかに消え去っていて、解散するまであと何時間だろう、やっぱり泊まるんじゃなかった、なんてことばかり考える。それが、ひどく悲しい。

結局、ジャスミン茶と、純也さんがちょうど切らしていると言ってカゴに入れた調味料や食材を買って家へ向かった。
もちろん会計は折半。そして私はジャスミン茶が苦手だ。でも、そんな細かいこと気にしちゃダメだよね。

家に着いて、ステーキの付け合わせをまだ作っていないと言われたことも、じゃあ一緒に作ろうと手を動かす私をただじっと見ているだけなのも、あげく「なんか違うな…」と不服そうにされたことも、些細なことなんだろう。
私が、求めすぎてるだけなんだ。

ステーキは、気付けば食べ終えていた。すっかり負の感情に意識をもっていかれてしまっている。

「痛い…。」

純也さんが胃のあたりをおさえながら首を傾げてつぶやく。あぁ、そうだ。純也さんは乾燥肌なのか、デートのときも時折「痒い」とつぶやくことがあって、話の最中でも構わず逐一声に出してつぶやくものだから、それも嫌だったなと今になって思い出した。

「大丈夫?薬飲んだら?」

「うん…。ケーキ、明日にしようか。」

「うん。」

また、スーパーの時と同じだ。純也さんは、自分と同じ選択を私にも課してくる。

「痛いなぁ…。」

なにも対策をせず、ただつぶやく姿にイライラが募る。

「ごめん、俺ちょっと横になるね。」

「うん、寝てな寝てな!」

もういっそ、寝てくれる方が楽だった。
純也さんはセミシングルだというやけに小さいベッドに横になった。結果的に放置されてしまった私は、携帯を開いて友人にメッセージを送る。恋人と過ごすクリスマスに、ケーキもお酒もありつけず放置されているだなんて、笑い話にでもしなきゃやってられない。

友人に今の状況を送るとすぐにレスが返ってきて、面白おかしく突っ込んでくれる。思わずニヤニヤと口角が揺れた。

「ねぇ、なにしてるの?」

布団にくるまった純也さんが上目遣いで私に訴えかけてきた。その顔には「構ってよ」という感情がありありと滲んでいる。

「友だちとLINEしてる。」

「なんか…楽しそうだね…。」

「それで?」と言いたい気持ちを飲み込んで頷く。彼が自分にだけ関心を向けてほしいと言いたいのは分かったが、正直たまったもんじゃない。理由がなんであれ、私が放置されてるのは事実なのだ。寝ている彼を黙って見ていろと言うのか。それとも献身的に介抱しろとでも言うのか。いずれにせよ、私にそんなことはできない。

やがて純也さんは諦めたのか目を瞑って静かになった。その様子にほっとする。

やっぱり、帰ろうかな…。
もう電車はないし、タクシーで帰ったらいくらかかるだろう。二万くらいかかるかもしれない。
でも、それでも迷うくらいには気持ちが萎えていた。

結局、帰るのはやめた。決断する前に純也さんが目を覚ましたからだ。だが、私はこの時帰らなかったのを数分後に後悔することになる。


「ごめん、無理。」

数分後、私ははっきりと純也さんにそう告げることになる。

お読みいただき、ありがとうございます。 あなたの中になにか響いたものがあったとき、 よければサポートお願いいたします。 大切に使わせていただきます。