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就活の時のわたしに1番読ませてあげたい話。

久しぶりにnoteを開いたら
3年前に書いた記事を下書きに見つけた。

結構向き合ってしっかり書いてたけど
最後が締まらなくてしまい込んでたやつ

いまのわたしの感覚で見つめ直して、
成仏してあげることにした。


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熱しやすく、冷めやすい。
これはわたしの長所でもあり、短所でもある。

やりたいことがコロコロ変わる。

のめり込むとオタクみたいにハマり
飽きると、昨日までのなんだったの?
ってくらいケロッとしている。

この道に進みたい!進むんだ!
みたいなのもなかったし、だからこそ挫折もない。

挫折経験を答えられない。
それが挫折だったっていうのは笑い話。


野望はあるのが当たり前?


『この会社でやりたいことはなんですか?』
『10年後にどんなことを成し遂げたいですか?』
『ビジョンは?』『夢は?』


就活をしている時
どの会社のエントリーシートにもそんな項目があって


(そういうのが見えないわたしは、おかしいのかなぁ)

ってどこかでずっと疑問を抱えながら

こんな漠然とした悩みを
誰に相談したらいいかもわからないし


でも「なんにも見えてないです」なんて
受け入れられるとは思えなくて

こんな感じかな?って探り探り、
でも必死で、本気で、
エントリーシートを書き続けた。

それは確かにわたしのことを書いているのに、
わたしじゃない誰かのことを書いているように思えた。



そこそこ名の知れた会社に通ったこともあった。

時間をかけて、何度も何度も消しては書いたし、
恥を忍んで添削に出したし、直しもたくさんした。

頑張って書いたから通ったこと自体は嬉しくて
ちょっと誇らしくて
その努力自体は報われた気がした。



でも、

認められているのはわたしじゃない誰かだった。


なんとなく残る心のもやもやと虚しさ、
バツの悪い感じがずっと拭えなかった


それは本当のわたしじゃない って

わたしは誰よりも知っているから、
すごく見せなきゃ、って
面接で背伸びして緊張したし、


選考に進めば進むほど、自分を偽っているようで
どんどん自分がわからなくなった。


ないものを探すほど自分の黒さが際立った


熱狂、野望、夢。

何年もかけてやり遂げたいこと。

持ったことがないからこそ
持とうとすれば持てるのかも?って思えたし

答えを探すことに一生懸命になる。

でもそうやって焦れば焦るほど、
夢や野望のある人が眩しく見える。




自信家な人に
あやなはもっと自信持ったほうがいいよ、って
アドバイスされたりすることもあった

そう見えるのも、
自信持った方がいいのも

誰よりも自分が1番わかってる


でもそんな簡単な話じゃないんだよ。

って心の中で思いながら、
全てを自信ないで片付けられてしまうことに
なんかめちゃくちゃみじめな思いもした。

結構真面目に生きてきたぞって
たぶん何処かでは思ってるからこそ、

なんでよ、わたしだって頑張ってきたのに
って猛烈に悔しかった。



自分には何かのピースが欠けているように感じて、


見つけなきゃ、探さなきゃ、
焦ってどんどん呼吸が浅く、苦しくなって。

自分が闇に向かえば向かうほど、
キラキラと輝いて見える人がよりくっきりと見えてしまう

気持ちはざらざらで、ささくれだって
こうなったら無限ループ。


もうこれ以上深いところに落ちていきたくない。

だからすごいなって思う人に、
ギラギラした野心とか敵意を向けて


でもわたしは負けないし・・・!
わたしだって・・・!


ってすることで自分の中に
浮上するためのエネルギーを見出していたのかもしれない。


ジェンガが倒れる寸前のぐらぐら。


数学とか数字とかいちばん弱いのに
血迷いすぎて、銀行受けようとしてたりして

『それはあやなっぽくないと思う…。』

って仲のいい友達にやんわり止められたりした。
(今めちゃくちゃ感謝している。ありがとう笑)


焦る気持ちを止めてくれた人


そんな時期。

とある会社で2次面接をしてくれた面接官に、
すごく救われることになる。


その会社は他とは趣向が少し違くて
エントリーシートがなかった。


その場で
自分の人生を表す線グラフを描いてください、
みたいなのだったと思う。

面接も、それについて話をしてください
というような感じで、型がなくて
気になったら質問を挟んでくれるスタイル。


1時間の個人面接がちょうど半分くらい過ぎた頃。

じっと話を聞いてくれていた面接官が
おもむろにこんなことを伝えてくれた。

この辺で大体半分くらいですね。
まだ出会って30分しか経っていませんし、
あなたの全てを分かったとは言えないと思います。

でも、あなたが頑張って生きてきたこと、
ちゃんとしているということが僕にはわかりました。

ここからは、あなたと会社との相性です。

だから、もし落ちることがあっても
あなたがダメなのではないです。
合わなかった、違ったというだけです。


面接の場で
落ちる話をしておいてくれることが
その人のやさしさに感じた。

そして、その人に
私が生きてきたこと、その道のりを、
ここまで諦めなかった頑張りを、
いろんなことを肯定してもらった気がした。

あなたの人生の価値と合否はイコールではないんだよと。


それは今まで通ってきた
どの面接でも感じられなかった人のあたたかみ。
やさしさ、ぬくもりだった。

もちろん全てを話せた訳じゃないし、
わたしの全部を知ったわけじゃないって分かっているけど


ギリギリのこころで生きてたわたしには

もう、合否なんてどうでもいいくらいすごく救われて

就職活動中に常に頭の隅にあった
なんかどこかで間違えちゃったかもって気持ちとか
わたしの人生これでよかったのかなって気持ちとか

それは違った、ってちゃんと思えて。

間違ってなかったよね
ちゃんと頑張ってきたよねって

自分でも自分を肯定できた瞬間だった。


社会人と話していて、久しぶりに
この人のもとで働いてみたい
というかもっと話がききたい、学びたいって思った。

相手を丸ごと認められる
その人の人間性がすごく魅力的だった。


面接の最後に、
わたしに足りないところはなんだと思いますか?
と質問をした。

(今思うと自分に厳しすぎるなーと思うんだけど、
そう見てくれる部分こそがその会社でわたしが成長できる
伸びしろだと当時は本気で思ってたから
どこの会社でも面接の最後の質問で聞いていた。)

泥臭さ、ですかね。

どうしても綺麗な人に見えるから、
挫折をしたときにどうやって立ち直るのかが見えない。

それが少し心配ではあります。


この答えも全部好きだった。

鋭くて ひぃ、となったけど
みてくれている、と感じて嬉しかった。

(ちなみに他の会社で聞いたやつは
一つも覚えてない、、、笑
やっぱり誰に言われるかが大事。)


どう転ぶかわからないって
採る側からすると、結構な賭けのはず。

だからここで落とされる覚悟は十分していたんだけど、
結果的にこの人は上にあげてくれて。

本当のところを知る由もないけど、
伸びしろの方を信じてくれたのかな、
って勝手に受け取った。


そのあと綺麗に落ちたので、
この人の元で働くことは叶わなかったんだけど。


この世の中で、一流と呼ばれる企業で働いている人で
ちゃんとわたしを見てわかろうとしてくれる人がいる。


あー、大丈夫なのかな。


っていうほっとした気持ち、安心感が
わたしの中ですごく大きな支えになったから
いろんなことがもうどうでも良くなっちゃったんだよね。

わたしは何かそこから吹っ切れてしまって、

というかもう本当に
面接で認められたいみたいな気持ちがどっかにいった。

やりたいことがないことをもう受け入れて、
4月になろうというときにご縁のあった会社に
入社をすることにした。


とはいえ、結局いろんな経験をする中で、

わたしはやっぱりやりたいことあるんじゃないのか?

ってまた考えるようになってしまった結果
約3年でわたしはまた会社を離れて
考えモードに突入するわけだけど。(笑)


惹かれる人は在り方で生きている。わたしは?



会社を離れることを考えだした頃から、
いろんな世界線で生きてる人に会いに行って
たくさん話をして

SNSでもそんな人をたくさんみつけて
その人たちが発信するものに触れてきた。

そんな中で、
あり方を大切にしている人たちに
強烈に惹きつけられていく。

このnoteを書かれている、さえりさんもそのひとり。


言葉がじわじわとわたしの中に染み渡っていく。

「なにも変わらないことの、なにがいけないの?」

「さえりはさ、なにをやりたいかを考えるよりも、どう在りたいかを考える人だと思うんだよ。どんな生活をして、どんな自分でいたいかを考える人なんだよ。だから『なにをやりたい』とか無くていいよ。今までのように、どう在りたいかを考える。それでいいんじゃないかって、俺は思うけど」

放っておくと気づかないうちに頑張ってしまう。頑張ろうと思わなくてもいつのまにか頑張ってしまう。そして気づかないうちに心の元気が無くなっている。
どう在りたいかを考えれば答えは明確だ。
「だれかにはっぴーを届けられるひとで在りたい」



年末の撮影の企画が終わった後、
2021年のはじめの数ヶ月、
へちゃっと座り込むように動けなくなってしまって。


写真をはじめてからの3年間、
(実はその前の就活の頃から)
自分がエンジンにしてきたものが限界を迎えてた。


あの人を見返したい。

認められたい、褒められたい。


早く写真欲しい、に応えたい。

これだけお金もらってるからその価値返さなきゃ。

生活しなきゃ。お金を稼がなきゃ。

かっこよく。綺麗に。スマートに。

ミスなく。滞りなく。問題なく。

もっと、もっと、もっと。


自分が自分に課すことも、
周りから求められることも全部をやりたかった。

できないって言いたくなくて、
全部全部、本当に全部。完璧主義だから。


見返したい気持ち。承認欲求。
自分が自分に求める理想。肩書き。

期待を超えたい、お客さんを喜ばせたい気持ち。

一生懸命撮った写真は、気に入ってもらえるだろうか。
せっかく頼んでくれたのにガッカリさせはしないだろうか。

わたしはわたしの感性を大事にできるから
まっさらに戻れるから写真が好きだったはずなのに


やりたいが次第にやらなきゃになって、
どんどん背負っていくものが増えて、
そして、黒いものも増えて
 
気づいたら写真に触れることが苦痛になっていた。
 
 
そしてバイトをして、写真から離れて。
 

自分を削って向かってた先に待ってたのは、
なりたいわたしじゃない、誰かだった。



気づけば、またあの就活のときみたいに、
誰かに認められなきゃに追われる自分に
戻ってしまってた。

それで、

そろそろエンジンを載せ替えないとまずいぞ

って本気で思っていた時だったから、
企画メシからお知らせがきたときに、
去年は見送ってた延長戦に
参加しようって思えたんだと思う。


何をやっているか(what)じゃなくて
何を大切にしている人なのか(be)
 
その自分でこれからどこに手を伸ばすのかを
もう一度見つめ直したかった。

わたしは朗らかでありたい


朝渋のある回で企画メシ主宰の阿部広太郎さんが
健やかでありたいってお話をされていて、

それを聞きながら
わたしはどこに向かっていきたいかなって
ことばを探していた時


朗らか っていう形容詞を見つけた。

ほがら‐か【朗らか】 の解説
1 心にこだわりがなく、晴れ晴れとして明るいさま。
2 明るく光るさま。日ざしが明るく、空が晴れわたっているさま。
3 広く開けて明るいさま。
4 あいまいさがなく、はっきりしているさま。

お天気を指す言葉っていうのが、好きなところで。

わたしは晴れが好き。
晴れてるだけで、気持ちが明るくなる。

光が綺麗で、色が映える。
写真を撮るのにうきうきするのも晴れの日。

そうだ、わたしの名前 彩菜も、色に関係してる。

いいかも。

(企画メシのなかで自分の名前の由来について
再定義する課題があって、
他の企画生がシェアしているのを読んで
わたしも自分の名前についてずっと考えてた。)

彩菜って文字の意味と成り立ちはこんな感じ。

「彩」
1.いろどり、模様、つや、輝き
2.色をつける、飾る
3.形、姿、様子
4.美しい、飾りがある


「采」は木の上に爪(手)がある様子を表し、木の実を手でとる場面。「彡」は髪が流れている形で、綺麗でつややかなイメージを伴う文字。木から実を取ることは、木の「色をとる」ことでもあるので、2つを組み合わせると「色をとって綺麗に飾る=いろどる」という意味になる。

派生して、綺麗にいろどられた「美しさ」や、その美しい「姿・形・様子」の意味も生まれた。

「菜」
1.野菜。青物
2.おかず。副食物

「采」は木の上に爪(手)が描かれ、木の実を手でとる場面を表現。これに「艹(くさかんむり)」を組み合わせ、「畑に実った野菜を収穫する様子」を表した。ここから「野菜」の意味が生まれ、その野菜を調理した「おかず」の意味も生まれた。「菜」は「野菜」や「おかず」の意味だけで考えると、あまり名前向きの漢字ではないように思うかもしれないが、「菜」を名付けに使う人の多くは、「菜の花」のイメージを活用しているよう。

黄色い菜の花は鮮やかでエネルギッシュな印象を与えることから、花言葉は「快活」「明るさ」「豊かさ」。

親に名前の由来を聞くと、

『彩』っていう字が好きで、付けたいと思って
っていうのは嬉しかったんだけど、
いつも返ってくるのはそこまで。

『菜』は? と聞くと
画数的に決めた、と言っていて。

それが、なんとなくそうなった、
流れで決めたみたいな感じがしてて
必然的な理由がないことにすごくもやもやしていた。

だから自分の漢字の由来を調べるのも
実はあんまり気が進まなかった。

実際調べたら、おかずだし。(笑)

でもこうやって書いていく中で、
花言葉の 快活、明るいって、
つまり、朗らかってこと!!? と気が付いた。

(こじつけでもいいの!笑)

そして、『木の実を手でとる』が2回でてくる。
2という数字は何を表すんだろうなぁって考えていて

阿部さんと延長戦はじまる前に
やりとりしたメッセージを思い出した。

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わたしと、あなた。

これかも!

そして最近自分と向き合う中で
あなたって、もうひとりのわたし

でも、あるなあって思った。
自分の心と一致して生きていきたいんだよね。
それは朗らかでいるヒントかも。


全部ひっくるめて解釈してみると


わたしは
心が晴れ晴れする方に向かいたい人

その心で
わたしにある彩りと あなたにある彩りを
手に取るように見つけていける人。

それをもっと活かす方に
向けていける(調理できる)人。

なんだかとても嬉しくなった。

誰よりも一緒にいたはずのよく知った名前が
キラキラ光りはじめたように感じて

あんまり誰かと被らない自分の名前
元々結構好きだったけどまた一段と好きになった。

そして、今まさに
これからやっていきたいなと思っていること。

持ち味・特徴を見つけ出すこと。伝えること。
チャレンジの後押しになる安心感でいること。
人と繋がることばの橋渡しをすること。

そこにぴったりだな、って思った。

(あと、なんでこんなに
食べること好きなのかなぁって思ってたけど
名前に野菜とおかずが入ってたら
しょうがないかもしれない。。笑)


分かち合うことが好き


わたしとあなた、で思い出したのがこれ。

とても嬉しかった出来事。


自分が心動いたことが誰かに伝わるってことがとても嬉しい。

好奇心旺盛でミーハーで、
たくさんの新しいものに触れる機会が多いからこそ

それを

これがよかったよ!面白いよ!って
躊躇なく発信して
みんなに知らせる、届ける入り口、
扉になりたいといつも思っているし

それを通して分かち合いのできる友達が
たくさんいる人生ってとても豊かで嬉しい毎日。

そっちに向かっていく中で、
わたしは心から正直に素直に
伝え合えるありのままの関係を
まわりのひとと築いていきたいんだなぁって思う。


逃げずに向き合う、飛び込む勇気がある

それがわたしの持ち味!
だから、もっと磨いていきたいって思ってる。



あの頃のわたしへ


誰かに認められるために生きなくて大丈夫だから
自分が自分のことを1番好きでいられるほうを、
あったかいほうを、わくわくするほうを選んでね!

何を選んでも大丈夫。
間違いなんてないから。

わたしはわたしでよかったよ。
この人生もっと味わっていきたいと思ってる。

未来で、待ってる!


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名前の由来

就活体験記

ありがとうございます!! 何度も感じたことを言葉にさせてもらってきた モスバーガーに還元します〜!!笑