ブルーノートのジャズピアノ・コンピレーション『ALL GOD'S CHILDREN GOT PIANO』ライナーノーツ for Web
ブルーノート・レコーズから『ALL GOD’S CHILDREN GOT PIANO』というコンピレーションをリリースしました。
とりあえず、ブルーノートというレーベルがどんなレーベルなのかは以下の記事を参照してください。
これはそんなジャズの名門ブルーノートに残された音源の中から、ジャズ・ピアノに焦点を当てて、選曲したもの。
コンセプトはロバート・グラスパーやジェイソン・モラン、アーロン・パークスといった現在のジャズシーンを代表するピアニストたちを出発点に、ブルーノートの80年の歴史の中にある今聴くべきジャズピアニストを選び、ブルーノートのジャズピアノの歴史を俯瞰しながら再点検できるようにすること。
現代ジャズを中心に聴いているリスナーが過去のジャズの魅力に触れ、昔からジャズを聴き続けてきたジャズファンが現代ジャズが過去のジャズと繋がっていることを感じられるようにすること。そんなことを考えて選曲している。
ロバート・グラスパーからハービー・ハンコック、そしてセロニアス・モンクまで。
ストライドピアノから、モダンジャズ、そしてヒップホップまで。
大雑把に言うとそんなスケールで選曲している。
選曲は以下の通り。
ピアニストがリーダーではない音源はカッコ内にピアニストを記した。
2枚組で25曲。それぞれの盤に《SWING FOR THELONIOUS》《HERBIE’S MOOD》と名付けた。
25曲を現代ジャズ・ピアノの最大の影響源とも言えるセロニアス・モンクとハービー・ハンコックと通じるサウンドの2種類に分けて、それぞれの盤では曲が自然に繋がる流れを重視して曲を並べた。詳細に関してはCDに付属のライナーノーツに8000字ほどのテキストを書いたので、ぜひそちらを読んでもらえたら嬉しい。
2枚ともピアノのスタイルを意識して選んだのはもちろんだが、実はもう一つ意識したことがある。それはリズムだ。現代ジャズ以降、もしくはヒップホップ以降の耳でも自然に聴けるリズムが入っている曲に極力絞っている。アンドリュー・ヒルやハービー・ニコルスなど、尖ったアーティストの名前が入っているが、今の耳で聴くなら通常の4ビートやロックやファンクのリズムよりも、当時は尖っていたこっちの方が馴染みやすいだろうと思って、少しチャレンジングな曲も収録している。でも、クリス・デイヴやケンドリック・スコット、マーカス・ギルモアを聴いている耳のための選曲と言えば、正しい選択だと思ってもらえると信じている。
さて、このコンピレーションにはもう一つの意図がある。それは《ブルーノートの歴史》だ。僕はブルーノートをひたすら集めていた時期があったこともあり、これまでにかなりの数のコンピレーションを買った。そこで気付いたのは、たいていのライナーノーツには「ジャズの名門ブルーノートには○○年の歴史があり」というようなことが書いてあるのだが、ほとんどの場合、そこに収められた楽曲は一定の短い期間に録音されたものばかりだったことだ。
例えば、ソニー・クラーク〈Cool Struttin’〉やバド・パウエル〈Creopatra’s Dream〉などが収録された定番の名曲選は50-60年代、ケニー・ドーハム〈Afrodisia〉やルー・ドナルドソン〈Alligator Bogaloo〉が収録されたジャズで踊る文脈は50-70年代、ドナルド・バード〈Think Twice〉やボビー・ハッチャーソン〈Montara〉などが収録されたレアグルーヴ/クラブジャズ文脈は60-70年代といった具合に、そのほとんどがほんの一時期、つまり50~70年代の約30年間に偏っている。つまり《ブルーノート設立○○周年》というような区切りでリリースされたものでさえも、選曲者が何らかの意図をもって文脈を提示しながら、その文脈の中でレーベルの長い歴史をプレゼンテーションしているものはこれまでほとんどなかった。
また80年代の終わりから今に至るまでの約30年間。上記のような《名曲選》《UK経由のジャズで踊る》《レアグルーヴ/クラブジャズ》文脈のコンピレーションばかりで、特に90年代以降は、そのほとんどがDJによる選曲だった。もちろん僕もそれらのコンピレーションから影響を受けてはきたが、30年近くずっと《クラブ=踊る》《チルアウト=カフェ》の選曲ばかりが続いていて、DJカルチャー以外の新しい文脈を提示したものがほとんど出ていないことには残念な思いを抱いていた。それはブルーノートの膨大なカタログの中にある様々なスタイルのジャズの中でDJカルチャー由来のものという、ほんのほんの一部だけをプレゼンテーションし続けていただけとも言えるからだ。それはブルーノートの豊富なカタログの中の氷山の一角に過ぎない。
ということで、今回、ユニバーサルミュージックからコンピレーションの監修の話をもらったときに考えたルールがいくつかある。それは以下の5つ。
《ブルーノートの永い歴史を縦断すること》
《ブルーノートが残してきた様々なピアノのスタイルを横断すること》
《ブルーノートが残してきた過去の音源に宿る現代性を提示すること》
《選曲のコンセプトに基づいて音だけで意図が伝わるものにすること》
そして
《ジャズのコンピレーションにすること》
これまでにブルーノートからリリースされた(おそらく100枚は余裕で超えてると思われるほど)膨大なコンピレーションの中でも『ALL GOD’S CHILDREN GOT PIANO』はかなり特別なものになったと自負している。
その理由の一つは、これまでのようなDJや評論家、コレクターによる選曲で編まれたコンピレーションから抜けていた《演奏家》側の視点が入っているからだ。
『Jazz The New Chapter』や音楽雑誌のためのインタビューの際に、様々なミュージシャンたちが僕に語ってくれた話の中には、演奏する側の視点からしか見えてこない新鮮なジャズの楽しみ方があった。そして、ミュージシャンが教えてくれた視点がこれまで聴きなれていたはずの音源から全く新しい響きを僕の耳に届けてくれることが多々あった。僕は取材のたびにいつもそんな経験をしていたのだ。
つまりこのコンピレーションは『Jazz The New Chapter 4』でのロバート・グラスパーやフレッド・ハーシュをはじめ、ジェイソン・モランやブラッド・メルドー、BIGYUKIなどなど、これまでに僕が行ってきた数百のインタビューの中でアーティストが語ってくれたジャズピアノについての話をもとに僕が自分なりの考察や解釈を加えて生まれたものであるとも言える。
『Jazz The New Chapter』でも『Miles Reimagined』でも『100年のジャズを聴く』でも、僕は基本的に《リスナー=需要者》側と《ミュージシャン=供給者》側の両方の立場を尊重しながら、どちらにも寄らないやり方で音楽を紹介しているつもりだ。このコンピレーションはそんなやり方を《選曲+ライナーノーツの執筆》というフォーマットで形にしてみたものでもある。
このコンピレーションで、2018年的なジャズピアノの聴き方のひとつの方法論を提示できたと思っている。ロバート・グラスパーやジェイソン・モランらに関しては、過去の音源と比べてわかる新しさだけでなく、彼らがどれだけ過去のジャズから影響を受けていて、ストレートにジャズの歴史と繋がっていることもわかるはずだ。このコンピレーションから現在も過去も、もしかしたら未来も聴きとってもらえたら僕はうれしい。
最後にこのコンピレーションの選曲のインスピレーションになったインタビューの一部を抜粋して掲載しておく。
2016年にブルーノートの75周年のライブがあり、豪華なミュージシャンが出演した。そのオープニングとして、ロバート・グラスパーとジェイソン・モランのピアノデュオが披露された。そこではブルーノートが40年代に録音したブギウギから演奏が始まった。
以下はその時のことを語ってくれている『Jazz The New Chapter 2』でのロバート・グラスパーのインタビューだ。
つまり、このコンピレーションで僕がやってみたかったのは、この時のロバート・グラスパーとジェイソン・モランの演奏にこめられたものを僕なりに解釈することでもあった。もしこの『ALL GOD'S CHILDREN GOT PIANO』というコンピレーションを手にした人はそんなことを考えながら、ブルーノートの歴史に重しを馳せながら聴いてもらえたらうれしい。
※このコンピレーションのサブテキストとして『100年のジャズを聴く』も併せてどうぞ。ジャズピアノの話もたくさんしています。
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