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世界の終わり #1-4 プレミア

 すぐさま板野の姿が目に飛びこんできた。板野は扉のノブに手をかけて座っていた。ひとりだ。板野のほかに人の姿はない。そして板野の目は駆けつけたぼくたちの後方を――奥の部屋へ通じる廊下の先を凝視していて、
「白石くんっ!」板野の声。
 これって、知ってる。サスペンス映画で似たシーンを見たことあるぞって思ったと同時に、後頭部へとてつもない衝撃が加えられて、視界が揺れた。があぁあだか、わあぁあだか、言葉になっていない男性の叫び声が背後から襲ってきたと思いきや、頭のてっぺんが痺れ、目の前に星がきらめく。
 やられた。
 うしろにいたんだ。
 迂闊にも背後から殴られてしまった。
 膝をついて頭を庇う。二発目をくらってはたまらないので、その場に倒れることを選ぶ。
「白石ッ!」荒木が振り返って、名を呼んだ。
 殴られた右耳のうしろを押さえながら、背後から襲ってきた何者かの姿を確認する。
 うわ。
 なんだこいつ。
 目に映ったのは、髭面でボサボサ髪の薄汚い中年男性だった。右手にトロフィーらしき金色に輝く鈍器を握っている。あれで殴られたのか、ぼくは。
「てめぇッ!」懐中電灯を手にした荒木が声をあげた。
 武器を持つよう助言していたのに、荒木自身は懐中電灯しか準備できていなかったらしい。しかしトロフィーVS懐中電灯なら互角の勝負だろう。それにどうやら相手はひとりのようだ。人数でいえば、ぼくたちのほうが勝っている。頭がズキズキ疼いているけれども、トロフィーを振りあげる男の足へ向けて、倒れた姿勢から蹴りを放った。ヒット。バランスを崩した男の肩口へ荒木が懐中電灯を打ちつける。一発。二発。トロフィーが床に転がった。さらにもう一発。男が戦意を失ったのがわかる。振り返って板野を見ると、両目を大きく見開いて首を竦めていた。荒木が男の胸元をつかんで壁へと押しつける。大きな音。家が揺れる。ぼくは疼く頭をさすりながら壁に手をつき、よろよろと身体を起こす。
「おい、白石。白石、大丈夫か?」荒木が尋ねた。
 大丈夫ではないが、とりあえず「大丈夫」と返した。この状況で、『痛いです。無理です。休ませてください』なんていえるわけないし。
 念のために、疼く頭部に添えていた手を顔の前へもってきてみると、手のひらは綺麗だった。出血はしていない。ただし殴られた箇所は半端なく疼いている。荒木に目を向けると頷いて返された。以心伝心。つきあいは短いのに、あつい友情で結ばれているみたいでちょっと気恥ずかしい。
 荒木は男へ向き直って、語気を強めて尋問をはじめる。お前は誰だ。何者だ。ここにいるのはお前ひとりだけか。仲間はいないのか。なぜ屋敷の中にいる。グールを吊るしたのは、お前か――って一気に尋ねても、返答に窮するばかりだろうと少々同情の念を抱いてしまったが、リビングに充満する不快度の高い臭いを放つ男の黒ずんだ顔を眺めていたら、自然と荒木側へ心が傾いた。
「軍人じゃないな。それに市民団体の者でもない」確認するように荒木はいった。
 男は答えないが、すでに何者であるかの結論は、荒木の中で、でているようだ。
「ひょっとしてこの人も、ぼくたちと同じ火事場泥棒?」割って入り、思いつきを口にしてみると、
「誰が火事場泥棒だ」
 苛立った口調で荒木は反論した。
 無人となった街で、他人の家から盗みを働く――誰がどう見ても、ぼくたちは立派な火事場泥棒じゃないか。
「おい! てめぇ、黙ってないで、なにかいえ」ぼくから顔をそらし、取り押さえている男へ向けて荒木は暴力的に問いかける。「ここでなにをやってる? てめぇは何者だ」
 壁に押しあてられる懐中電灯。男の顔のすぐ横で、四割ほど崩壊している懐中電灯の原型パーセンテージがさらにさがった。
「き、きみ、きみたちこそ――」脅しが効いたらしく、男はようやく声を発した。嫌な声だった。酒焼けしたガラガラ声は、容姿と相成って病的な印象を脳に焼きつける。「きみたちこそ、なんだ。勝手に、勝手に他人の家へあがりこんだりして」

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