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隠し場所は自分自身

最近、「思慮深い人ですね!」と言われて、気分を良くしているわたし。
自分では〝考えすぎ〟なタイプだと思っていたけど、〝思慮深い〟って言われると、なんか急にできる男になったみたいでカッコイイ!(実際には、カッコイイには程遠い人間で、ブラジルくらい遠い)。

しかし、過去にこの〝思慮深さ〟に自らハマってしまった経験がある。
話は中学生時代にまで遡る。

思春期の真っ只中、性に目覚めた男子生徒の間では、いつしか卑猥な本や映像モノが教室内でも出回り始めていた(そりゃあ、もちろん、わたしも飛びついたさ)。
そして、なぜか一人のクラスメイトが〝そういうモノ〟をたくさんもっていて、それを得意げにみんなに見せびらかしていたのだ。見たくてたまらない(わたしを含む)卑猥男子は、「貸して、貸してー」とイノシシのような鼻息をブンブンとアクセルを吹かすように放出しながら、前のめりで彼に懇願していた。それは予約待ちになるほどの過熱ぶりで、人気ラーメン店にでも並んでいるような感覚であった。

そしてついに、〝そういうモノ〟がわたしの手元にも回ってきた。
もうワクワクしかない。部活なんぞサボって、早くウチで鑑賞したくてたまらないが(こういうものは一人でじっくり見るに限る)、なんとか思いとどまり、逆にそれを見ることを楽しみにいつも以上に部活を頑張った気がする。

かくして、ホームグラウンドである自室に到着したわたしは、布団に潜り、はやる気持ちを抑え、ゆっくりとページをめくりめくった。そこには、まだ見ぬ世界が広がっていた。わたしの頭の中はまるでお花畑状態で、終始うっとりとし、その艶めいた女性の姿に魅了されたのだった。

気がつくと、朝だった。
「あれ? オレは寝てしまったのか? 大人の雑誌を読みながら?」
しだいに昨夜の記憶が蘇ってくる。
真っ先に大人の雑誌を探すわたし。
しかし、どこにも見当たらない!
もしや、布団の中でぐちゃぐちゃになってしまっているのではないか!
あ~、友達に文句を言われてしまう!

ところが、いくら探しても布団の中にそれらしきものはない。
どこへ行った? わたしの、いや厳密には友達の、艶やかな大人の写真集……。
もしや、床に落ちてしまっているのか? いや落ちていない。
いよいよ焦ってきたわたし。なにしろ今日が返却日なのだから。

布団から出て、慌ててあちこち〝それ〟を探していると、なんと、勉強机の上に卑猥なタイトルの雑誌がきれいに置かれているではないか!
息が止まる――。どういうことか? 
混乱から抜け出せないわたし(もちろん中学生時代のわたしね)。
昨夜の記憶を再び辿るも、いまいちよく思い出せない。
あ、そうか! きっと寝てしまったんだ。部活で疲れて帰り、ようやく布団に入り、そこで〝それ〟を見ていたんだっけ。

と、いうことは……。
布団の上で読みながら寝てしまったか、もしくは、床に落としたことに気づかず寝てしまっていたのか。
そして〝それ〟を、わたしを起こしにやって来た母親がきっとご丁寧に勉強机に置いたのではないか?
……それしか考えられない。ううう。

顔面蒼白で、わたしは恐る恐る家族が待つダイニングへ。
「おはよう」と、一応、言ってみる。
背中を向けたまま挨拶を返してくれた母親の声のトーンがいつになく低い。
やはり想像していた通りのことが起こったのだ。
母親はどんな気持ちでそのセクシーな書物を机に置いたのだろう。
アーメン。

その後も、クラスの男子の間では、大人の書物や映像は相変わらず賑わいを見せていた。
わたしも依然としてその群れから離れることなく、しっかりと集団に所属しており、新しい作品を見ては毎回感動していた。

しかし、上述したエピソードの反省を怠ることはなく、二度とミスを犯さないように「隠し場所」には気を遣っていた。絶対に家族に見つからない場所を探しに探して保管していた。それは、毎回隠し場所を変える徹底ぶりであった。この辺もある意味では〝思慮深い〟のかもしれない(え)。

隠し場所として最も有名なのは「ベッドの下」だが、〝思慮深い〟わたしは、今日に限って母親がベッドの掃除を念入りにするのではないか? と心配になってしまう。かと言って、勉強机の引き出しも見つかりそうで怖い。部屋中を見渡してみるものの、どこにどう隠しても見つかってしまいそうで、そんな弱気な自分を拭い去ることができない。まるで悪行を犯した犯罪者のような気分だ。
果たして、この八方塞がりな、まるで迷路のような「一人ゲーム」から逃れることはできるのか!

考えた末、我ながら名案を思いついた。
隠すから見つかるのである。
そして、隠している間、〝それ〟はわたしの手の届くところにはないというのが問題(心配)なのだ。

ならば、いつでも自分が持ち歩けばいいのだ!

そこで思いついたのが、学校のカバンだ(カバンといっても当時はリュックだった)。
案外バレないんじゃないか……。
カバンの一番底に入れておけば、たとえ中を見られたとしても見つかる可能性は低いだろうと判断したのだ。奥底に作品をしまい、その上に教科書やノート、部活の道具やらを入れることにしたのだ。

そしてそれは、見事に成功した!
返却日までに家族に見つかることは(たぶん)なかった。返却日当時の朝、家を出たときの達成感たるや。それは、我慢していたお小水を、ようやく見つけた公衆トイレで放出したくらいの快感であった。

しかし、安堵したのも束の間。
学校へ着くと、返却前のタイミング(朝のホームルーム)で、な、なんと、持ち物検査を行うというではないか!!!!!

聞いてないよーーーーー!

心拍数が急上昇し、焦りまくるわたしの額からは、滝のような汗が。額には洪水注意報が発令された。一気に脳内は大混乱で、理性などなくなってしまった。

幸いだったのは、先生が持ち物をチェックする順番の最後のほうにわたしの席があったということだ。その間になんとかせねばならない。でもこの緊急事態に、誰にどう相談すればいいのだ。相談したところで、それを受け取ってくれる奴なんているわけがない。なにしろ持ち物検査をしているのだから!

まるで生きている心地がしなかった。
仮病でもなんでも使って帰りたかった。
でもそのときのわたしには、何ひとつアイデアが思い浮かばなかった。

そう、まさに、生きていながら、その場で凍りついた化石となっていたのだ――。もう最悪だ。

大人の書物なんか借りなきゃよかったのだ、とジェットコースターのようにテンションがガタ落ちのわたし。
恥をかくことがわかっていたら、そんなもん借りなかったのに。
もし先生に見つかったら、両親にも話がいくのだろうか。
そのときのわたしの顔には、ちびまる子ちゃんの独特のイラスト――三本線が刻まれていたことだろう。

しかし、世の中、悪いことがあれば良いこともあるものだ。
貸出をしている例の彼が、大量の大人の作品をカバンに詰め込んでいたらしく、あっという間に先生に見つかってしまったのだ。
もちろん、わたしも同罪なので、まもなく手錠を掛けられることを覚悟してはいた。
しかし、その彼の持っている作品が相当量だったので、先生もびっくりしてしまったのだろう。その日の持ち物検査は、そこで打ち切りとなった。

あーーーーー、助かった!
オレは運がいい!

でも待てよ、彼が事情聴取される中で、わたしのことをチクりはしないだろうか?
悩みってもんは、どうしてこんなにも厄介なのだ。解決したそばからまたやってきやがる。
またしても流れ始める滝汗。。。

先生とその彼が一緒に教室を出て行ってから、クラスは大騒ぎになった。
優しい女子生徒は、わたしに「ねえ、エレパン、あんた大丈夫?」と訊いてくれたが、大丈夫なわけがない。

結果的に、わたしに先生のメスが入ることはなかった。
しかし、借りていた作品を彼に返す予定になっていた(わたしを含む)同志は、とうとう彼に返却することができなくなり、その作品たちをどこに始末すればいいか皆で話し合った。

結局、隠し場所ってものが必要になるのだ。
部室? いや、見つかるなぁ。
教室の各自のロッカー? いや、見つかるなぁ。
持ち帰る? いや、家でも見つかるなぁ。

同志は、ない知恵を振り絞って真剣に議論し、なんらかの結論を見出したはずなのだが、そこら辺の記憶だけが一切ない。いったいどうやって処分したのだろう。
でも、例の彼以外、逮捕者がでることはその後なく、わたしたちは翌日からいつも通りバカばかりやって過ごしたのだった。

あれから云十年。
わたしの書斎にあるカバンの中には、少しばかり大人の作品が隠されている。
今のところ、妻には見つかっていない(と思う)。

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