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やりたくない仕事か稼げない夢かを選ばなくてもいいんじゃないかという話

話題の恋愛映画「花束みたいな恋をした」では、大学生で付き合い始めた男女二人が卒業し、どのように仕事に向き合っていくかが大きなターニングポイントとして描かれます。

菅田将暉さん演じる麦はイラストを描いていて、そして仕事にしたいと考えていますが、実際には買いたたかれます。

最初は1カット1000円で始まったのに3カット1000円になり、価格交渉をしようとすれば「いらすとやでいい」と言われるというそのやり取りは、かなりリアルです。(下記の本の表紙にも使われているイラストです)

結果として彼はイラストをやめ、残業はないと聞かされていた物流関係の会社に入ったものの実際は残業まみれで、文学を読むのをやめて『人生の勝算』(幻冬舎のビジネス書)を立ち読みし、パズドラしかもはやできなくなります。

感想を色々見ている限りだと、この描写は社会人には胸の痛いものであり、まだ若い人にとっては「自分もそうなるんじゃないか」という恐怖を呼び起こすもののようです。

確かに私自身の実感で言っても、働いている日々の中では読みたい本はたくさんあるはずなのにソシャゲをやってしまう、ソシャゲしかやれない、とりあえずソシャゲ、そういう日はあります。むしろそういう日の方が多いかもしれない。

ソシャゲが大好きでやっていればいいのかもしれませんが、そんなにすごくやりたい!という熱意があるわけではなく、「お皿洗わなきゃな」とか「原稿進んでないな」とか思いながらも、ただだらだらとやってしまうのです。

思い出したのは以前、下記の記事にも書きましたが大学で受けた創作の授業で、「就職してください」と言われたことでした。

実際、講師の北村薫先生は教師をしながら小説を書き、デビューされた方です。恐らく小説専業で食べられている作家は日本では非常に少ないことを考えれば、とても現実的なアドバイスです。

だけどその通りに就職した映画の麦は、幸せになっているようには見えない。ならやっぱり彼は就職せず夢を追い求めるべきだったのでしょうか。

個人的にはそうは思えず、就職は妥当な選択だと思います。別に、夢か仕事かは本当は選ばなくていい問いではないでしょうか。

映画が描いているのは学生時代からのほんの5年です。

夢を追うことを選ばなければ会社で酷使され、仕事人間になり、人生は終わってしまうのかといえば、大抵の人の場合それほど人生は短くありません。

麦は夢で食えないなら仕事しかない、と夢VS仕事の二項対立にとらわれているように見えます。

社会人になりたての頃や、新しい職場に異動したばかりの時期、多忙な職場などでは、趣味ができなくなることもあると思います。
でも、とてもとても多忙な職場でも1月から12月まで常に毎日忙しすぎる、というところは稀です。(もちろんそういうところもありえますが…)

多くの企業には決算があり、事業には多かれ少なかれ波があります。毎日深夜残業が数年ずうっと続くかというと、たぶん帰れる日もある。休める日もある。

そんな日にはやっぱりソシャゲしかできないかもしれない。
でも、ソシャゲのライフだって一日中やり続ければ回復しません。ビジネス書だって二時間あれば読み終えられる。
そこにさらにちょっとの暇さえできれば、麦だっていつか、積んだ本に自然と手を伸ばすときが来るのではないかと思います。

人間は仕事よりなにより、暇を嫌うものです。きっと麦や絹が様々な文化にのめり込めていたのも、大学生という暇を持て余した時期だったことが大きいのだと勝手に推量します。

仕事にのめり込む時期もあっていいし、必要かも知れませんが、仕事だけで埋め尽くせるほど多くの人は仕事命にはなれないし、人生は長いです。

たとえば今はやりのFIREみたいに、仕事で十分に稼いでから夢を追うという方法だってあります。

下記の本の作者クリスティー・シェンさんは、作家になることが夢だったものの、現実的に稼げる方法としてエンジニアを選択し、資産を築いたあとに作家デビューされたそうです。

そして実際に作家デビューした後も、作家の収入のみで暮らしを成り立たせるのは現実的ではない、と結論づけています。

仕事と夢は別にバーターではないので、どちらかを選んでどちらかを捨てる必要はないはずです。

どうしても割合が仕事:夢の10:0になってしまう時期もあるでしょうが、9:1ぐらいの比率でゆるゆる続けることも可能だと思います。

個人的に言えば、私がフルタイムの仕事をしながら小説を書き続けているのはもはや特に夢の追求ではなくただの日常であり、精神安定剤であり、趣味であり、ライフワークです。

ソシャゲに癒される日も、ビジネス書にやる気をもらう日もあります。でも同様に、自分の趣味に救われる日もたくさんあります。

むしろ、小説がないと仕事にもっと追い詰められていたかもしれないとも思います。

よく言われる言葉ですが、「自立は依存先を増やすこと」とも言います。
前述の記事で紹介した川崎氏の本も、そのような視点から働きつつマンガを描くことを勧めています。

この先きっと麦も、いつかまたイラストを描く日が来るのだと思います。
就職している彼にはもはや、それを3カット1000円で売らなくていい自由だってあります。(個人的には同人誌を作ってコミティアに出ることを勧めたいです)

仕事にのめり込んだ後だからこそ、仕事とまったく関係なくイラストを描けるということが、いつかきっと彼を少し救うのだと信じてやみません。

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