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【創作小説】峠の庵 恩返し(2)(1216字)

前回まで

峠の庵で、ゆうげの匂いがする。
トントン トントン、包丁で 材料を切る音がする。

死んだはずのおやじが、ゆうげの仕度をしていた。
おかみは、客人である、大臣を迎えていた。

「おお いつものごとく、いい匂い、いい雰囲気だ。懐かしい、一年ぶりかな?」

大臣は、大喜びで 靴を脱ぎ、居間にあがった。

おかみは、客人を客室まで案内する。

「大臣さま。ゆうげの前にお風呂になさいます?それとも、ゆうげを先に?」

おかみは、穏やかな笑顔でいう。

おかみの後ろに見慣れない 5歳くらいの小僧が居て、おかみの膝のうしろから、大臣のほうをじーっとみている。

「ゆうげを先にしようか。腹が減って仕方ない。おう!坊主!見慣れない顔だな!新入りか?」

大臣は、小僧をぽんぽんと叩いていった。

「もう、腹と背中がくっつきそうだ!食事にしよう!」

ゆうげが、時を置かずに運ばれてきた。

「おお!きた!きた!」

大臣は、大悦び。
そして、舌鼓を打ち、食事を終えると、薪で炊いた風呂に入り、ご満悦な様子。

「これじゃ、これじゃ!ここのこの食事と薪の匂いのする風呂、そして、この景色、このもてなしが、欲しかったんじゃ!」

風呂には、大きな窓がある。
外の景色はこの峠の庵から見下ろす周囲の山々、林や林、野や野が素晴らしく、極楽のよう。
都会にはなく、そして何よりここのもてなしは、気配りが行き届いて、心憎いものだった。

今日も、寝室の掛け軸は、大臣の好きな作家、炊いてある香は好きな香、活けてある花は、季節の花が趣味よくおかみの手であつらえられていた。
そして、ふかふかの布団。これは、おかみが晴れの日にはその都度干しているらしい。おひさまの匂い、そして、重さが軽く、負担にならない、そして、布団はいつも清潔に保たれていた。
掃除も、畳をちゃんとよく絞った雑巾で、毎回水拭きしてあるらしい。これだけのことは、毎日やると大変だが、ちいさな客室一間の庵の宿は、ちゃんとしてあった。
地道な努力が、得も言われぬ 居るものの快楽をよぶ、居心地の良さを醸し出していた。

泊まる客は、説明できない、居心地の良さを感じて宿泊をつい延ばし、再び訪れてもくるのだった。

今回も、大臣は宿泊を何日も延ばし、後ろ髪を引かれる思いで庵をあとにした。おかみとおやじに深々と頭を下げて、

「また来る、また来させてくれな」

大臣は、顔をにこにこ崩して、手を振りながら去っていった。満足そうな笑みを浮かべて足どり軽く。

おかみは、ほほえんで大臣を見送ると、おやじと小僧のほうを振り返っていった。
「さて」
おやじと、小僧はこちらをじーっと見ている。

「あなたたち、なんなのですか?何者ですか?私の主人はたしかに死んだのに……、それにそこの小僧さんは、ここら辺では見かけないけど……」

おやじは、うつむいていたが、顔をあげ、

「私は『霊媒たぬき』です。死者を身に宿し、死者のしたかったことをするたぬきです」

近くに居た小僧がうなづいた。


             つづく




トップ画像は、k.zakiさんの
     「365日挿絵写真」
             です。
        ありがとうございます。









    

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