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韓国映画「ソウルの春」を見た(ネタバレあり)

2023年の11月下旬に公開され
動員1000万人を超えても
勢い止まらぬ映画「ソウルの春」を見てきました。


韓国で1979年に実際におこった全斗喚の軍事反乱をモチーフにした映画です。「あまり語られなかった近代史」に踏み込んだ内容。


で、鑑賞後ブログを書いております。
ネタバレなので、まっさらな心で映画を楽しみたい方は
鑑賞後にお目にかかりましょ。




映画の頭には「創作です」という断りが書かれてますが
実在人物の名前が一文字違う程度なので
誰もが「あああの人ね」と分かる作りになってます。中曽根が中曽部になる位の。


ネタバレストーリー

1979年10月26日、朴正熙大統領が暗殺された。
暗殺事件の捜査責任者はチョン・ドグァン(ファン・ジョンミン)。
その荒っぽい取り調べに批判がおきていた。
陸軍参謀は彼を東海(トンへ)に飛ばそうとする。
そしてソウル警備の司令官として堅物のイ・テシン(チョン・ウソン)を据える。


ポスターの上がファン・ジョンミン、下がチョン・ウソン
男二人の息詰まるような容赦のない闘いがこの映画の見どころ。



田舎への左遷で、このままいくと一生冷や飯食いだと危機を感じたドグァンは現体制をひっくり返すことを企む。
今のゲームのままでは勝てない、ゲーム盤ごと変えてやる。
俺がトップになれるゲームの絵を描いてやる。



彼は陸軍内のハナ会という私的組織のメンバーを焚き付けた。
なんと自分を左遷しようとした陸軍トップの参謀総長を拉致る!
そして青瓦台に押し掛け、時の大統領に「黙ってサインせよ」と詰め寄る。
自分たちの行動を正当化するためだ。



同時にハナ会のメンバーに指示を出しながら
陸軍の部隊を私的に動かしソウルの防衛主要地を一つ一つ占拠していく。
後の盧泰愚(ノ・テウ)元大統領をモデルにした男性ノ・テゴンはドグァンの片腕として動いている。



陸軍トップが拉致られ、国防長官は逃げ回っている。
その夜のソウルの国防はありえない事態になっていた。
イ・テシンは必死になんとかソウルを正規軍隊の手に戻そうとする。
しかし何故か全てがドグァンに都合の良い方向に動く。
ぐぐぐ、、あいつらは反逆者なんだ!許せん!




ドグァンは「ホンマは軍人が絶対やったらアカンこと」を
大胆不敵にやっていく。そして嘯く。
「人間て動物は、強い誰かに引っ張られるのを望んでる」
「失敗したら反逆だけど、成功したら革命」



イ・テシンは「反逆者」制圧のためもがく。
しかし段々とドグァン側が優勢になるにつれ
味方だった筈の陸軍責任者が
旗色の悪さを感じ協力を拒み始める。



ドグァンが「正しくない事」をやってるのは全軍人が知ってる。だけどもしこのままドグァンが勝ったら、、、俺らどうなる?
何しろ朴正熙だって1961年の軍事クーデターを契機に政権についた大統領だ。下剋上であっても17年という長期政権を維持してきた。
自分がソウルを護るための軍人であるのは分かっているが、、
分かっちゃいるけど、、、
このままドグァンがソウルを覆いつくしたら、、
自分の将来の安泰の為にはどちらにつく方がいいか、を計算し始める。



イ・テシンは「司令官の任を受けたら死ぬまで司令官」という責任感と信念で最後の最後までドグァンに向かっていく。
もうやめとけ、負け戦決定だ。
兵隊連れてっても、この子達を死なせるだけだ!と、腹心の部下に泣きつかれる。「アンタは無能な司令官だよ」と。
部下を犬死させるな!



イ・テシンは「ここで離脱しても構わん!」「去りたいものは去れ!」と
兵士達に語り、最後の最後までドグァンに向かって行き、、敗れる。
ついに大統領が武装に屈する。ドグァンの反乱を認める形になってしまった。



映画のラスト、拘束された陸軍参謀長官とイ・テシンが拷問される暗いラストが映される。ドグァンとハナ会メンバーのどんちゃん騒ぎのシーンの明るさとは対照的に。


そしてハナ会メンバーの集合写真、一人一人の顔が大写しになる。
その中から二人の大統領が出た。全斗喚と廬武鉉。
何人もの長官職(韓国の大臣)も映し出されていく。

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暗い救いのないラストでした。
テロップが流れた頃にはしんみり感漂う。



なんせ満席なので映画館混雑。
映画終了後のトイレの列もやたら長いので他の女性客の感想まで耳に。
軒並み私と同じで「悲しー」のバリエーション。
男の人は黙って顔が重くなる感じで。



史実を基にした映画なので、
「一体どうなるんだろう?」というハラハラよりも
「ああなるはずだから、
この人どうなっちゃうんだろ~」と心苦しくなった。



この人とはもちろん、最後までソウルを護るために
命懸けで向かって行ったイ・テシンだ。
(やはり実在人物がモデルらしい)




最後まで諦めないイ・テシンをなじる部下の言葉が
「うーん、これもまた真実」と思えて一緒に苦しい。
どーすりゃいいの。



ファン・ジョンミン演じる不敵なドグァンが
私には時々豊臣秀吉に見えた。「猿」
猿って時々最強に強い。
「序列」とか「権威」とか「伝統」を蹴飛ばす。
「そんなの知らねーよ」と。猿だから。




関ケ原の戦いを思い出す。
西軍(石田三成と秀頼派)優勢でスタートしたけれど
途中で西軍に裏切りが出たことで風向きが変わった。
後に完全に徳川の天下になったわけだけど、
秀吉がいた時には大名たちは皆
「息子の秀頼様をこれからもお支えしまーす」と口を揃えたのだから
徳川も徳川についた東軍は皆裏切り者とも言える。
しかし歴史はあっちでもこっちでもそうやって回ってる。
ああ、「正しい」って難しい。




しかし、この暗い映画に今の韓国人が押し寄せてるとは。
一体何が韓国人にウケてるの?と一緒に見た夫に聞くと
「そりゃ今の政治とのダブりを感じるからだろ」と軽く言う。



未だ記憶に生々しいセウォル号事件。
一番先に逃げ出した船長が乗客を守らなかったと非難された。
「責任感がない!」と。
「責任感」でじっとしてたら自分の命が危ういという事も事実だ。
学生達はあんなに沢山亡くなったのに、船長は生き残った。
船がひっくり返ったら逃げないといけない、
ということを誰より身体で知ってたのだろう。




韓国は何度も国がひっくりかえった。
日本の敗戦撤退後、1950年には北から共産軍が攻めてきた。
1961年には朴正煕(後に大統領)による軍事クーデター。
1979年にはこの「ソウルの春」の背景になった全斗喚による軍事クーデター。何度も地がひっくり返るような事件があったのだよなあ、この国はとしみじみ感じる。
1998年はIМFの通貨危機で国が揺れ揺れだった。
私はその時期にお嫁に来た。



ずーっと安定した政権ずーっと安定した土俵の上なら
「石の上にも三年」は美徳なのだけど、
土地自体がぐらぐらするなら、動かないと死ぬ。


責任感が強いのは立派なことだけど
責任感のピンに刺されてたら、さっと動けなくなる。
「転がる石は苔むさず」にも二つの意味がある。




この映画では全斗喚大統領は、不敬で不敵でわきまえのない人間というキャラクターで描かれていた。「いるべき場所」から転がりまくって結局てっぺんを取ってしまった。映画では好かれなかったが強かった。
絶対に転がろうとせず、自分の位置を守り続けた責任感の塊みたいな軍人は報われなかったが、観客の心は鷲掴みだった。
どっちが勝ってどっちが負けてるのだか、よく分からない笑



実際の歴史では、金泳三大統領の就任以降
全斗喚元大統領も盧泰愚元大統領も起訴され懲役刑を受けた。
陸軍の内部のハナ会は一掃された。
2021年に全斗喚氏は亡くなった。
(同年の前月に盧泰愚氏も亡くなっている)

大統領経験者なのに、墓の場所もままならない。

https://japan.hani.co.kr/arti/politics/48554.html


なんか、、現実の方がドラマだなあ、、
韓国の現代史。


二時間後には「責任感」という言葉が違って見えた。
価値観揺さぶるそんな映画でした。
まだまだ人気のようです。公開から1か月。



ありがとうございました。





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