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454.東寺のすべて(特別拝観)~土門拳写真展と「風信帖」~(2023.10.28)


(いったい、これは、なんなんだ!?)

不思議すぎて、何度も何度も観てしまう。
3Dメガネをかけているような立体感。

写真の中の立体構造に惹き込まれていく。
立体というだけでなく、動いてるように感じる。

(温度。質感。気配。空気。風。音)

映像を観ているよう。
仏像の頭部のアップでは、その表面の質感、木の材質や、ノミの彫りあとの起伏や、ふれたこともない感覚が、まず、指先でふれているかのように感じられ、次に、指先で感じるその感覚が、全身の皮膚感覚に迫ってくる。

写真を観ているのに、皮膚で体感している

(わぁぁ。なにこれ、なにこれ)

(本文より)

◆土門拳と東寺
◆炭化した四天王像
◆講堂 ~立体曼荼羅~
◆金堂 ~薬師三尊と十二神将~
◆五重塔初層
◆宝物館 ~風信帖~
◆観智院 ~お気に入りを探せ~
◆ランチ

*************

◆土門拳と東寺

土門拳氏が1964年から1965年にかけて撮影した作品が、京都の東寺で展示されていることを知り、夫と訪れる。

土門拳氏の写真を初めて見たのは、30年ほど前で、書店で開催していた『古寺巡礼』の大型写真集のフェアだった。
見たこともないほど大きな豪華版写真集の、見開きいっぱいに広がる、彫像のダイナミックな表情や、指先、装束のひだなどの、肉眼ではとうてい見ることができない、クローズアップの迫力に、その場を動けなくなり、どうにも離れがたく、ほかのページも観たくて、仕事帰りに日参し、連日考えた結果、最終日に購入するのだけど(!)、当時の月給2か月分以上だったかも。

土門拳氏は、写真だけでなく、文章も素晴らしく、随筆などの書物もたくさん出ていたので、夢中になって読み、ますます大好きになり、展示されている本物が観たくて、山形県酒田市にある土門拳記念館を訪れたこともある。

今年の春、東京の写真美術館で開催していた古寺巡礼の写真展を、うっかり見逃してしまったので、東寺での開催は夢のよう。

実は、今回の開催も直前まで知らず、夫が「東寺で特別拝観やってるから行こう」と言ってきたのを、(東寺なんて、何度も行ってるし、特別拝観と謳いつつ、定期的に公開されているし)と思って、一度は断ったものの、やはり気になってチェックしていたら、小さく「土門拳東寺写真展」と書いてあるのを見つけ、

(ぜったい、行く!)

と決めたのが、展示終了の一週間前。夫のおかげだ。

そんなわけで訪れた『真言宗立開教1200年記念 特別拝観 東寺のすべて 宇宙の真理をここに』


近鉄電車の東寺駅から案内板に沿って東寺を目指すと、九条通りに面した南大門から入る。


ところが、その付近には、拝観受付が見当たらず、看板もなく、うろうろしていると、向こうのほうに、それらしきものが見えた。
チケットではなく、パンフレットに印刷された5つの「拝観スポット」で、それぞれスタンプをもらうことで、入場できるシステムだった。

私の中では、とにかく土門拳氏の東寺写真! がメインだったので、夫がそれから観ようと言ってくれ、(後で知ったのだけど、推奨ルートでは一番最後になっている)食堂(じきどう)から入館。

(食堂で、どんなふうに展示されているのだろう?)

と思っていたら、いきなり、パーテーションにキャプション展示があり、最初の写真は、そんなに大きなものではない、五重塔などの写真だったので、

(小さな写真だけなのかな)

と、少しがっかりしながら、進んでいくと……

いきなり、大きなパネルが登場。

(いったい、これは、なんなんだ!?)

不思議すぎて、何度も何度も観てしまう。
3Dメガネをかけているような立体感

写真の中の立体構造に惹き込まれていく。
立体というだけでなく、動いてるように感じる。

(温度。質感。気配。空気。風。音)

映像を観ているよう。
仏像の頭部のアップでは、その表面の質感、木の材質や、ノミの彫りあとの起伏や、ふれたこともない感覚が、まず、指先でふれているかのように感じられ、次に、指先で感じるその感覚が、全身の皮膚感覚に迫ってくる。

写真を観ているのに、皮膚で体感している

(わぁぁ。なにこれ、なにこれ)

仏師がもちろんすごいのだけど、自分の目では、どれほど仏像に近づいたとしても、絶対に感じることのできない、土門拳氏の心眼の威力に、どの写真からも離れがたく、

(ここに住みたい!)

と思いながら、立ち去りがたく、ぐるぐるとまわって、何度もくりかえし観る。

写真の中に、弘法大師が最澄にあてた手紙「風信帖」『忽披帖』を映したものもあり、原寸は、小さな作品なので、かなりクローズアップされた筆致を観ることができ、その流麗さに、ここでも動けなくなる。

2017年から3年間教えていただいた書道のお稽古で、奇しくも最後に練習(臨書)したのが、『忽披帖』の冒頭だ。
食い入るように眺めて臨書したので、空海の筆とともに、お稽古のときの師の言葉や、筆遣いも蘇り、私にとって、お稽古の体感を伴う、思い出深い書なので、東寺で、しかも、土門拳氏の写真で出逢うことができ、感慨もひとしお。

また、「観智院の和釘」というキャプションに、土門拳氏の言葉が掲載されていて、それによると、東寺に伝えられた文化財を撮影する中で、一番気に入ったのは、「観智院客殿」で、客殿の中で一番気に入ったのは「簀子縁」で、簀子縁の中でも一番気に入ったのは、その縁板に打ってある「鉄釘」だと書かれていた。

「洋釘だったら、2階の物干しの簀子になりかねないところを、大きな頭の鉄釘を、密に、等間隔に打つことによって、リズミカルな効果と凛とした気品をあわせもたせている」とのことで、そのほかにも、土門氏は、この釘をべたぼめしていて、いつか家を建てるときには、簀子の回り縁を設計に取り入れようと決意し、そのときのために、「平あたま角足手打ち」という手作りの釘を打ってくれる職人さんを探し、500本発注したと結んであった。

この文章を読み、あとで、この釘を見つけるために、「観智院」という名前をインプットする。

◆炭化した四天王像

食堂の隅に、圧倒的な迫力を放つ四体の仏像が安置されている。
どういう状況でこのようになるのか、わからず、とにかく、すごい、としかいいようがない。

説明書きによると、平安時代から東寺の食堂にまつられていた四天王像が、1930年に火災にあい、表面が完全に炭化、腕なども焼け落ちている。
その当時は、手の施しようがないと思われたが、火災から60年余りがたった1993年から4年がかりで、炭化した表面が崩れないよう特殊な樹脂で固めて補強する修理が、現状をありのままにとどめようという考え方で実施されたとある。

仏像が全身真っ黒なのは、炭化しているからで、腕がないのは、炎上したからだとわかり、全身が炎に包まれ燃えている姿が浮かび、いまなお、その迫力を伝えるエネルギーが放たれていることを痛感する。

燃える仏像を救出した人々がいて、炭化した仏像を守り伝えた人々がいる。

名残惜しく、食堂をあとにし、いよいよ、「東寺のすべて」の世界へ。
まずは、講堂から。

◆講堂 ~立体曼荼羅~

(立体曼荼羅の迫力ときたら!)

一歩中に入っただけで、全貌がわからなくても、場に流れる氣が違うことがわかる。
21体のうち16体が「国宝」として指定されるほどの、平安時代前期の密教彫刻の代表作が群をなし、立体曼荼羅を構成している世界は圧巻。
奥にはイケメン仏像のランキング上位に必ず入る帝釈天も坐している。

それらを、手を伸ばせば届く距離……採光が十分でなかったり、角度的に見えないお姿はあるとはいえ、なんのパーテーションもない空間……で、拝観することができる。

大日如来を中心とした五智如来、五菩薩、五大明王、四天王、梵天、帝釈天の21体は、弘法大師の密教の教えを表現する密厳浄土の世界だという。

これまでにも何度も拝観しているけれど、「立体曼荼羅」という認識が、ようやくできるようになり、新たな感慨が生れる。

◆金堂 ~薬師三尊と十二神将~


次に拝観する金堂には、薬師三尊と十二神将が安置されている。

金堂のご本尊の薬師如来坐像の台座の下に、躍動感たっぷりに配されている十二神将立像の姿を観て、ようやく、十二神将は、薬師如来を支え、お守りする役割だということが理解できた。

また、日光菩薩と月光菩薩が、薬師如来の脇侍だということも、金堂の薬師三尊のたたずまいとともに、しっかりインプットできた。

境内はテーマパークのようだ。

門をくぐり、アトラクションのように、順番に堂の中に入っていくと、外界とは全くちがう世界感に時空を超える想いがある。


◆五重塔初層

次は五重塔。
下から見上げた感じが、かなり大きく感じたので、奈良の興福寺の五重塔とどちらが高いか調べると、伝統的な木造建築では、東寺の五重塔が一番高く、次が興福寺の五重塔だった。

特別公開されている初層に入り、ぐるりと中を見回していると、ディズニーランドで最初にシンデレラ城に入ったときのことが、ふと思い出される。
江戸時代の人々にとって、神社やお寺を詣でるのは、テーマパークを訪れるようなものだったのではないかと思う。

塔の要となる心柱を大日如来に見立て、内部も壁面も趣向の限りが尽くされ、極彩色の片鱗が伺ええて、目を奪われる。中は思ったより、ずいぶんと広い。

◆宝物館 ~風信帖~

私の中では、土門拳氏の写真展がメインだったのに、東寺は、お宝満載。
土門拳の撮影した「風信帖」で感動していたら、なんと、本物が!!

(えっ!
(えっ!)
(ええーーーーーっ!!)

(複製じゃなく?)
(本物???)

弘法大師空海が最澄にあてた書状3通(『風信帖』・『忽披帖』・『忽恵帖』)を継いだもので、延暦寺に伝わっていたものが、南北朝時代に、東寺に贈られたもので、そのときの寄進状も国宝指定されているとのこと。

(空海も、最澄も、本当に実在したんだ!)

ということを、こんなにリアルに感じることができ、

(和紙ってすごい。墨ってすごい)

本物を目にできる幸福に、展示会場の宝物殿展示会場のガラスの前で、踊り出したい気分だった。

調べたところ、前回、東寺の宝物殿で公開されたのは、2015年。
東京の国立博物館での直近の公開が2019年なので、関西で公開されるのは8年ぶりだ。
見逃すことなく出逢えてうれしい。

◆観智院 ~お気に入りを探せ~

いよいよ、観智院
土門拳氏のお気に入りはどこに。

簀子縁に立った瞬間、夫と、「土門拳が気に入ったやつー」


ほかのお客さんがいないのをいいことに、よつんばいになって、指の腹で釘の頭にふれる。



枯山水の庭園も趣深い。

客殿の床の間と襖には、宮本武蔵の筆という障壁画が描かれている。

見どころ満載の東寺。

いつでも中に入れる(無料で)ので、あとでまわることにして、外から手を合わせるだけにして先に進んだ「御影堂」

弘法大師空海がお住まいになっていた場所で、今も、毎朝、食事をお供えする「生身供」の儀式が行われ、一般の人も参拝できるのだと知って驚く。

閉館時間が近づいていたので、小走りで食堂まで戻って、お土産に記念の写真集を買い、折り返して南大門から出ようとしたら、あと数メートルというところで鎖されてしまう。

こちらの門は、16:20に閉門するとのこと。
目前で鎖された門を眺めていても開かないので、いま、やってきた道を、また戻ることになり、いったい何往復しているのだか。

しかし、五重塔がそびえ、優美な建造物が連なる境内は、どこもかしこも静謐な氣に守られていて、心地よい。

今回、空海から最澄にあてた書状の本物を目にしたことで、空海と最澄の関係について調べ、歴史を学ぶ気持ちが芽生えている。いまさらですが(!)

◆〈凝視から生まれる〉

最後に、撮影当時、土門拳氏のお弟子さんだった藤森 武氏の文章について書く。

『凝視から生まれる土門作品』というタイトルで、写真集に掲載されている文章から転載する。

~先生の撮影は、事前に書物で徹底的に「調べる」。大変な読書家だった。調べたあとに「見る」。その次が「感動する」。感動がなければ撮らない。その後「凝視する」。ここに一番多く時間をさく。最後に「撮影する」。この5段階の手順を必ず踏む。土門の撮影は時間がかかるとしばしば言われたが、それは違う。撮影事態は報道写真家だけに素早い。凝視に全体の半分くらいの時間をかけている。仏像や建造物をクローズアップで撮るときも、どこが当初のもので、あとで修理した後補部分はどこかと、細部にわたって一所懸命に視る。木目や年輪、鑿(のみ)の跡などを凝視して、仏師がどのように鑿を使って彫り上げたのかを見極めてライティングを決め、アップでぐぐっと迫る。だから、先生の写真は強く、見る側に訴えかけ、忘れがたいものになるのだとぼくは思う。
 師・土門が企画した大作『古寺巡礼』全五集に「東寺」の写真はない。弘法大師の寺・東寺はそれほど別格で、先生が渾身の力をこめて撮り下ろした力作なのである。~
(ふじもり たけし/写真家・土門拳記念館理事)『土門拳の東寺』P165

「調べる」「見る」「感動する」「凝視する」「撮影する」

「木目や年輪、鑿(のみ)の跡などを凝視して、仏師がどのように鑿を使って彫り上げたのかを見極めてライティングを決め」……という文章を読み、土門拳氏の写真に直面したときに体験した、冒頭に書いた感覚の理由がわかった。

3Dメガネをかけているような立体感も、写真の中の立体構造に惹き込まれていくのも、動いているように感じるのも、仏像の表面の質感、木の材質や、ノミの彫りあとの起伏など、ふれたこともない感覚が、まず、指先でふれているかのように感じられ、次に、指先で感じるその感覚が、全身の皮膚感覚に迫ってくるのも、写真を観ているのに、皮膚で体感しているのも、土門拳氏が、そのように撮影しているからだと、わかった。

(徹底的に「調べる」「見る」「感動する」「凝視する」「撮影する」)

コツコツ時間をかけた先にしか手にできないものを、私は好きだと思う。

◆ランチ

東寺に行く前、夫と京都駅の伊勢丹10Fのレストランでランチをした。
席からは、京都タワーや、大文字が見えるロケーション。


ウェルカムドリンクは、ホワイトピーチのソーダ。


前菜は3種類。
「モッツァレラのカプレーゼ」「生ハムとサラミ 季節のフルーツ」「コブダイのカルパッチョ」


パンは、アツアツのバゲットとフォカッチャ。
オリーブオイルで食べると旨い!


根菜のポタージュ。
ごぼうが香ばしい。


「ピッツァ・D・O・C」(モッツァレラチーズのブランディングのようなものらしい)
「クアトロファルマッジ」(チーズのブレンドが絶妙)


パスタは、「燻製ウナギと九条ネギのアーリオオーリオ」
ふわふわウナギと、九条ネギが、ガーリックとオイルに合う合う!


肉料理は、「上州牛のタリアータ」
わさびと塩で食べる。


デザートはチョコレートケーキ・ティラミス・パンナコッタのジェラート。
コーヒー。


大満足で、東寺へ向かう。
(冒頭へ)

浜田えみな



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