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Aalto大学IDBMでのデザイン教育の特徴(1/2)

ビジネスやイノベーションといった広い意味でのデザインを学びたいという人が増えていると思います。一方で、海外デザインスクールの情報は一部の超有名校を除き、ホームページの情報以外は手に入りにくいと思います。実際、私が留学先を決める際に、日本人の卒業生が見つからず、判断に困りました。

そこで、一例としてフィンランドにあるAalto大学IDBM (International Design Business Management)について、ホームページから得られない「生」の情報を中心にまとめようと思います。特に、IDBMはホームページからどのような教育をしているのか想像がしずらいと思いました。個人の体験に基づく主観的な情報が多いかと思いますが、何かしら参考になれば幸いです。


IDBMの歴史

IDBMは1995年から、修士課程のマイナー専攻科目として始まりました。日本ではビジネスの視点から見たデザインが近年注目を浴びていますが、IDBMは既に20年以上の歴史のあるプログラムです。

ちなみに、主専攻(メジャー)と副専攻(マイナー)の科目があり、例えば、IDBMを主専攻にして、副専攻として、プロダクトデザインを学ぶことができます。

IDBMが設立された背景は、フィランドの国策として、イノベーションを競争力の源泉とする必要があるからだそうです。というのも、フィランドの人口は約500万と北海道並みで、日本のように資源がない国です。そんな小国がグローバル経済で生き残っていくために、必然的に「イノベーション」を競争力の源泉として必要とされているとのことです。

デザインマネジメント教育について

強調したいポイントは、IDBMはデザイン「マネジメント」教育である点です。デザインマネジメントは、経営者やマネージャーの視点から見たデザインを教育するプログラムです。卒業生の理想像としては、デザインを組織の競争力の源泉として活用し、イノベーションを生み出すことができるリーダーといったところでしょうか。

例えると、IDBMはデザイン版MBA=デザイン経営 (Management by Design) を教育するプログラムと言えると思います。MBAの教育内容は会計や営業のプロではなく、経営のプロを育てるように、IDBMは個々のデザインの教養を持ち合わせ、マネジメントできるプロを育てるイメージです。

正直、私はIDBMをデザインプロフェッショナルを養成するプログラムと考えていた節がありました。他にも同様に勘違いする学生が大勢いました。

極論を言うと、他のデザイナーと上手く協調し、経営資源としてデザインを上手く活用して、イノベーションを創出することに主眼を置いているので、個々のデザイン能力を伸ばすことは必須でないようです。

教育の思想

私が1年間経験した中で理解した(または感じた)IDBMプログラムの思想は次の3つです。これが唯一絶対の正解ではなく、メリット・デメリットがあると感じており、敢えてデメリットについても触れておきます。

1. LEARNING BY DOING「習うより慣れろ」

2. 自主性と感性を育てる「モンテソーリ型」

3. MULTI-DISCIPLINARY「デザイン x ビジネス x テクノロジー = イノベーション」

LEARNING BY DOING「習うより慣れろ」

まず、IDBMでは体験を通して自ら学びとる、Learning by Doing「習うより慣れろ」の教育を重視しています。

例えば、実際の顧客向けにハンズオンのデザインプロジェクトを行う「インダストリープロジェクト」というコースでは、教授やメンターはアドバイザーとなり、100%学生主導でプロジェクトを遂行します。

メリットとしては、デザインを実践する上で大切なマインドセットを学べること、その都度ベストと思われる「プロセス自体」をデザインする能力を養成することでしょうか。ベンジャミン・フランクリンの言葉に、

“Tell me and I forget. Teach me and I remember. Involve me and I learn”- Benjamin Franklin - 和訳:「言われたことは忘れる。教わったことは一応覚えている。体験からは自ら学べる。」- ベンジャミン・フランクリン

という一節があります。この言葉に表されるように、体験を通した学びは、本や講義からの学びより深く吸収することができ、広い意味での「デザイン」という捉えどころのない専門を学ぶには適している方法だと思います。

デメリットとしては、型ができていないのに「型破り」を強いられることでしょうか。ノンデザイナーの人は特に、デザインの型が充分できていない状態で進めるため、プロとして実践していくには、IDBMの体験を踏まえて、自分で知識・スキルを他の授業や本などで補っていく必要があると感じます。

自主性と感性を育てる「モンテソーリ型」

2つ目の教育思想は「自主性と感性を育てる」ことです。

象徴的なのは、先生の役割は「ファシリテーター」であること、学生の「独自の発想」を大切にして、感性を損なわないように配慮していることです。

例えば、IDBMの最初の授業では3週間のプロジェクトがあります。ざっくりとしたテーマ、例えば「30年後の宇宙開発と未来の生活」など、は与えられますが、あとは全て自由です。また、通常の講義はほとんどなく、IDBMが独自に作成したポッドキャストや動画、体験型のワークを通して、五感に働きかける教育スタイルです。曖昧で捉えどころのない問いに対して、個々の感性とクリエイティブを殺してしまわないよう、配慮されています。

この教育手法は、将棋の藤井聡太さんが幼少期に受けていたことから、国内でも有名となった「モンテソーリ教育」と思想が似ていると思います。

“Imagination does not become great until human beings, given the courage and the strength, use it to create.”
― Maria Montessori

デザインは最終的に論理で決められないことがあり、個人の感性やセンスが大切になってきます。モンテソーリの言葉にあるように、勇気(自主性)と強み(独自の感性)を発揮し創造して初めて、素晴らしいものが生み出されるのかもしれません。

逆にデメリットは、良くも悪くも「放任主義」であることでしょうか。学びの質は本当に自分次第、もしくは周囲に大きく依存すると思います。また、批判にさらされない分、アウトプットのクオリティが落ちる傾向があると思います。

MULTI-DISCIPLINARY 「デザイン x ビジネス x テクノロジー = イノベーション」

IDBMは、デザイン、ビジネス、テクノロジーを専門に持つ学生がバランスよく集められています。これは、デザイン・ビジネス・テクノロジーを融合した先にイノベーションが生まれるという思想があります。

どのプロジェクトでも、必ずこの3分野それぞれのバックグラウンドを持つ学生によってチームが編成されます。

今まで存在していなかったモノやコトを生み出すためには、これまで常識とされている「枠」から外れる必要があり、そのためには、出自の全く異なる人たちが集まることで、認知バイアスを壊すことができると理解されています。また、アップル、ダイソンに代表されるように、テクノロジーに加えてビジネスモデル、デザインを重要な経営資源として活⽤することが大切だと理解されてきています。この点から、3分野の融合させる教育手法は理にかなっているように思えます。

ただし、とにかくデザイン・ビジネス・テクノロジーを融合すればいいという発想は乱暴かもしれません。「混ぜるな危険」の組み合わせもあると思います。大切なのは、チームメンバーの特性や、プロジェクトの狙いやフェーズと照らし合わせて、どのように個々のバックグランドを活かしていくのか、どのタイミングで融合させていくのかなどを練っていくことだと思います。

実際に体験して感じた意外なメリットは、自分がいかに凝り固まった考え方をしてきたかに気づけたことです。いわゆる理系教育を高校から受け、エンジニアとして働いていたので、デザイン、ビジネスバックグランドを持つ人たちの考え方に戸惑いながらも、目が開かれる思いを何度もしました。この経験から、実務では異なるアプローチが必要と思いますが、「教育の手法」としてはMulti-Disciplinaryのコンセプトに共感しています。


長くなってしまったので、今回はここで終わりにします。次回は、具体的なコアとなる専門分野、卒業生の進路、実際に留学して感じる強み・弱みについて、まとめようと思います。

写真:LGBT (性的少数者)の社会運動の日@アアルト大学

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