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敬意を示すこと、心の栄養を得ること。

書こうと思っていたことがあったのに、一日を過ごすうちに、また次から次へとうわっという小さな心の動きがぶどうの房のようにくっついて膨れ上がり、うれしいけれどうまく文章にする自信がない。

でも、違う日に分けて書こうとしても、結局その日になると違うな、となってそのときの熱はしゅうーっと萎んでしまう。
先日もそんなことの繰り返しで、つかまえきれず消えていったもの、多数。
だから、やっぱり書いておかないと。

心の声。(いや、全部心の声だけど。)


今朝は-5℃、ふとんの中、寒さで目が覚めた。

雪はすっかり溶けたけれど、霜柱のたくましい姿ったらない!
土をもりもりと持ち上げて。

今日は午前中、予約していたいつもの病院に行ったあと、駅に行って来月の帰省のためのチケットを買う。
思った以上に早く済んだので、電車に乗って最近オープンしたばかりの友人のお店に行こう、と思い立ち連絡するも、急なお休み、とのこと。

そっかぁ残念、と思い、せっかくだからどこか、と考える。


駅前の本屋さんに行こうかな、と思ったけれど…先日行ったときに売場が変わってたんだった。
いろいろ事情があるんだろうなぁ、と思いつつも、あの大好きだったひっそりとした文芸書のコーナーがすっぽりなくなっていることに、ショックを受ける。
他の場所に移っているのだろうけど、さがす気が起こらなかった。


今日は代わりに、いつも行かない駅の奥にある小さな本屋さんが目についたので、そのままふらふらと寄ってみる。


思いがけず入ってすぐ、わ!と気持ちが上がる。

さすが駅中の本屋さんだけあって、まず目につくところに、この土地のものにまつわる様々な本が集められている。
でも、見ていくとそれだけじゃない。

独自の視点で様々なジャンルのコーナーがつくられているのがわかって、小さな興奮を覚える。
どこにでもある普通のスチールの棚なんだけれど、本の置き方も個性的で、ひとり心の中で拍手。(わー、にくい!)



そして、文庫本のコーナーへ。
本当に小さなフロアの本屋さんなので、棚は多くない。
なのに…!

江國香織さんの本が10冊以上、表紙を上にしてずらっと敷き詰められていた。
なんて美しい眺め。

見たことあるものばかりではあるけれど、あ、と思って吸い寄せられ、手に取ったのは、「雪だるまの雪子ちゃん」。

ちょうど最近読み返していた、江國さんの「物語のなかとそと」の中に、この物語の話があったから。
山本容子さんの銅版画が挿絵としてところどころにあって、その色合いがまた、もう、苦しくなるほど素敵なのです…。

それから、もう一冊は迷ったけれど、「ウエハースの椅子」を。
これも、表紙の細かい植物の絵に惹かれて。

確かまだ20代のはじめころに一度読んで、なんだか暗くて好きになれない、という印象の記憶だけがずっと残っていた。
内容は、覚えていない。
だからこそ、20年近くたった今、もう一度読んでみようと思ったわけです。


あと、もう一冊。
高山なおみさんの「日々ごはん」⑮。
⑭まで全く読んでないけれど、久しぶりにこれを見て、今これが必要!と感じて手に取る。
少し読んだだけで生きててよかった…(大げさ。)と思ったけれど、キリがないのでこれはまたいつか。



いつも迷ってなかなか買わない方だと思うけれど、3冊もまとめて買ってしまったよ。

でも、これは素晴らしい本屋さんへの敬意を示す行為だ、と自分で大きく納得、自己満足している。
(全国展開している本屋さんなのに、今どき現金しか使えないところも、ある意味すごい。)

それに、江國さん、高山さんの本は、手元に置いていて間違いない、という確信を得ているので、オッケイ。


心の栄養を手に入れた。
これでまた、しばらくがんばれそう。

そう思えたうれしい日でした。



つい長くなりました…
最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。





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