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三国志無限周回プレイにおける秘本三国志の面白み

 本当は違うものの感想を書く予定だったのだが、なにかとタイミングが悪かったので書かないことにして、その本のあとがきで触れられていた秘本三国志を読むことにした。なんとなく読んでなかったなというのもあり興味が湧いた。

 その本のあとがきでは「秘本三国志は上級者向けに書かれていてあんまおもんない」的な評価をされていたが、何せえらい昔の本である。しかつめらしい文章で専門用語と歴史知識が飛び交っている、そういう「上級者向け」なのかなと思ったら、違った。
 周回プレイしている人間に対する刺激、というのが一番近かったという気がする。別に読みにくくもないし、知識の開帳なんかもむしろ親切で分かりやすい。

 三国志の本はばかみたいに出ている。数え切れないほど出ている。
 なので好きな人は周回プレイをしてしまう。何度も何度も同じキャラクターが同じところで死ぬ生きるという話を、手を替え品を替えしているのを無限に楽しんでしまう。
 歴史物なんてみんなそうだという話でもあるが、三国志は明らかに「歴史」というよりキャラクター小説に振った面白さなので、キャラクターの解釈が面白ければ実際の歴史、別にどうでもいいみたいなとこある。

 なのでみんなキャラ解釈に振る。その結果として歴史上の事件というかイベントにおけるキャラの心理や真相などを語っていくものだが、キャラがガッツンガッツン出てくれ、という話というか、面白いのはそこであったりして、何せえらい昔のことなので文献や記録なども曖昧だったりするから「時代考証」とか「一次資料」とか全部無視してもいいんじゃね? ということで本当に思いきった解釈をするまんがであるとか小説であるとかゲームであるとか映画であるとかなんやかや、とにかくたくさんあるし参入障壁が書き手も読み手も低い割には人気が出やすいという「掘る前から見えている金脈」みたいなとこある。
 三国志演義というテキストの二次創作みたいなもんである。
 演義がそもそも小説なので、じゃあ俺もぶっちぎったる、が肯定されるし書きやすいし、読み手も知っているから、読みやすいのだ。

 一時まではそれでも良かったのだが、最近は物語に振りすぎた「演義」よりも記録としてちゃんと残っている「正史」(それだって怪しいもんだが別に読み聞かせてウケようというのではなかろうから、信憑性は勿論、高い。少なくとも演義よりは)派が、書き手にも読み手にも増えてきたように思う。もっとも本来の記録に当たって造る、というのは当たり前のことなのだが、ウケるかウケないかというシビアな話をした場合、「勉強したのに全部無駄。なんも伝わらない」みたいなことにもなりかねず、コスパが悪かったりする。演義から孫引きした方が楽。
 とは言えそこは作り手の技量であって、多くの歴史ものというのはそういうとこから普通、始まる。三国志がそもそもおかしいのであったりなかったり。ただ演義は面白いので演義が正史であって欲しいという気持ちもワカランではないが「演義は間違っている、お前たちは判っていない、正史はこうなんだ」という派閥が長く僻地に閉じ込められていたという不遇な話も発生してしまったかと思われる。

 正史派が日の目を見た、というか「オラッ喰らえっこれが本物の三国志じゃ!」という勢いとともにぶっ飛び三太郎となったのは、有名どころだと「蒼天航路」がデカいと思う。
 実は小説などでは結構、前から、正史寄りで書かれた作品が多かったのだが、やはり週刊まんがの力は偉大である。ナントカの小説はどうのこうのと言われてもうるせーオタクとしか思われないのでまんがは偉大である。
 蒼天航路、面白いし。
 李典弩。虎燕拳。

 とは言え蒼天航路もやり過ぎで、従来の三国志が劉備玄徳爆アゲ作品だったのを曹操孟徳激アゲ作品にしたため、変にいびつなところがある。あるが、世間一般に正史寄りの三国志を流布してヒットしたというのはやはりデカい。そもそも落ち着いて三国志を読み返してみれば曹操孟徳が成功者でなくてなんなんだ? という話なのだが。地図を見ろ地図を。一番デカくなったの何処かなど一目で分かる。
 なのだが、三国志はキャラクターの物語なので、誰をどう描くかで変わってしまうので、そんな領土とかどうでもいいのである。
 実際の話、多くの三国志は諸葛孔明が五丈原で死んで終わりになる。
 もうキャラクターが残ってないから。
 いるけど。
 スター性にかける。あと地味。あと「群雄割拠」という時期は過ぎてしまったので物語的にも盛り上がりに欠ける。

 別に蒼天航路での劉備が野党まがいの軍閥チンピラ大将な訳ではないのだが、蒼天航路あたりから力強くそれを強調していく風潮が出来てきた。結局、正史をちゃんと読むとそうだよなコイツ、と感じるようになる。
 あっちにフラフラこっちにフラフラ、気づいたら赤壁でなんもしてないくせに荊州南部を乗っ取ってたりする。まあ、その辺りを「善玉」「悪玉」と描くかが創作の面白みだと思うが、チンピラヤクザの劉備玄徳一党というのは読者が「これ俺が知ってたんとちゃう!」となりがちで、多くの三国志が演義の二次創作と考えると解釈違いという話となってしまう。

 実際の話、俺は三国志に興味持ちはじめたばかりの頃(周回二週目くらい)劉備一党のフラフラぶりは「いい人だから」でなんとなく納得していたのだが、呉の実情とか孫権なんなのとかまるで判っていなかった。
 呉はたまに出てきて勝ったり負けたり、あと関羽を殺した憎たらしい国で、たまに出てくる癖に劉備渾身の復讐戦をこれまた乾坤一擲の一撃で壊滅させる、なんか憎たらしい上に邪魔くさい国である。
 劉備・曹操がライバルとして成り立つのは、昔からの付き合いが長いというのも間違いなくあって、これが孫堅(親父)が生きていたらもうちょっと印象は変わっていて、ギリ孫策・周瑜あたりでもなんとかなったのだが、更に弟の孫権となると歳が離れすぎていて因縁対決が成立しにくい上に、基本的に孫権はあんまり戦で勝ったりしないで謀略メインなので爽快感も少なく、スター選手の印象も薄いしますますなんか邪魔くさい。
 余談だが、蒼天航路の孫権は割と優遇されている。
 話を一から十まで聞きたがるタイプなのは、後発だから情報をしっかり頭に入れて考えたいのだろうということが伝わってくる。「要は」とか略されるのが嫌い。

 これは蒼天航路のnoteではないので秘本三国志の話をするのだが、前段階がやたら長くなってしまったのは「三国志周回プレイしているやつはこういうことになっている」というのを説明したかったためなので、なんも考えずに気が向いたことを書いた訳ではない。いや半分くらいそうだが。
 秘本三国志はそういう人向けの作品である。
 キャラクターに余り比重が置かれていない。
 デカイベントを三行くらいで片付けたりする。その背景にあった謀略を描いたり解釈を加えたりというのがメインなので、キャラを読みたいという人には向いていないが、余りにも周回プレイが過ぎた人間には、かなり刺激的な作品だった。
 かといってキャラを描いていない訳ではないのだが、いきなり五斗米道の女教祖とかが出てきて最後までメインを張るという構成は、少なくとも俺は知らない。
 当時の宗教、例えば太平道や仏教(その言葉はないので浮屠)、そして五斗米道など宗教絡みで全体を俯瞰しながら描くという形になっている。
 白馬寺がこんなにクローズアップされる三国志、俺は知らんかった(演義だと冒頭のメインステージみたいなとこあるが)し五斗米道なんか突然出てきてさっさと降伏したよくワカラン道教の人たちという印象しかなかった。
 という訳で宗教がらみで話は進む。
 全体的に舞台の解釈も面白くて、途中まで(赤壁まで)曹操と劉備が出来レースで組んでいたりなどは、チンタラしていた劉備一党の動きに理由が出来て良い。
 というかこの小説は、裏で組んで出来レースしていましたみたいな解釈が多い。孔明と司馬懿仲達とか(司馬懿は蜀に攻めてきて貰わないと宮廷政治で追い出される可能性が高かったから、大体引き分けで終わらせようという話)なのだが、その辺の密約合意に役立つのが宗教の人たちで、何かと仲立ちして結びつけていく。
 孟獲と孔明も出来レースだよ。
 七回捉えて七回放つとかあるわけないだろそんなこと。そう言われるとそうなのかな、と思ってしまう。
 
 匈奴やらなんやらの周辺民族にスポットが当てられているのも物語上は重要で「知らんがな」という人たちがたくさんいるが、それは三国志ののち、普が統一を果たすがすぐまた異民族により分裂するという歴史を踏まえてのことなので俯瞰にしてもかなり大局的な視点で描かれている。
 その辺、あまり他作品では描かれることはないので(三国志は三国志だけでええやろなので)周回プレイ繰り返している人向けには間違いない。視野が広がるからね。
 呉が広い割に人口が少ないのも、中原から戦火を逃れてきた人たちが、なんか魏が治めてきて平和になったからみんな帰っちゃった、というのもちょいちょい挟んでくる。蜀もそういうとこあったのだが、来るのにメッチャ苦労するから帰るのも苦労するのがめんどくさくてみんな帰らない。マジでくそ山ん中なので仕方ない。
 あまりにも人口が少ないので孫権は人狩りなどするのだが、俺はずっと台湾に行っていたと思ったが、日本(倭)にわざわざ行っていたという説もあるらしい。遠路はるばるご苦労なことだが、捕まえた人の八割くらいは船の中で死にました。

 その他、三国志内であんまり語られない知識とかもちょこちょこあって、知識の補填など出来るのもなかなか楽しい。伝國の玉璽とかどんなのかちゃんと書いてくれないのが多い。ある程度官位のある人はみんなハンコ持ってて、材質とかヒモの色とかで分けられていたそうな。
 胡床(椅子のようなもの)(北方三国志)というのが胡族(イランとかの人の総称らしい)から伝わってきた背もたれ付いてる椅子で、普通はみんな床に直に座っていたなども書かれているし、三国志では頻繁に名前だけは出てくる胡弓の形なんかも書いてあるよ。
 三国志はなに族とかなに氏とかいっぱい出てくるんだが、秘本三国志では普通にチベット人とかサマルカンドの人とかイラン人とか書いてあるから分かりやすいよ。というかこの小説は堂々と「チーム」とか「プラン」とか書くから尚更分かりやすいよ。そういうのを堂々と書くのはいいですね。
 そう言ってくれないと判りにくかったりするからね。
 インテリ自慢されてもイヤだよね。

 とは言え、キャラ描写も押さえるところはちゃんと押さえていて、特に劉備陣営は関羽が傲慢すぎるバカだったり、張飛が普通に乱暴なバカだったり(関羽が死んだから乱暴になったんじゃなくて、元から普通に自分とこの兵士を殺すのが趣味)孔明が軍師に全く向いてなかったりとかちゃんと書いているのでそれも面白い。
 関羽も張飛も死んで当たり前だろそんな奴らという気になる。
 最後も五丈原で終わるから定型と言えば定型なのだが、孔明が死ぬところはちゃんと尺が割かれている。それまでのキャラがみんな見舞いに来るからという気もするが。司馬懿の弟まで来るよ。出来レースだからね。北伐。

 北伐といえば、みんな大好き魏延の長安奇襲作戦を「全然ダメ」って却下するシーンがあるんですが、それも全然ダメな理由がちゃんと書いてあるので、惜しい、という気はしない。成功するわけないじゃん、あんな狭い道、押し包まれて終わりだよと言われればその通りという気がする。
 ちなみに魏延の長安奇襲作戦は三国志野郎の中では定番のお題で「実際にやっていたら成功したか否か」で一晩中語り合った挙げ句殴り合いのケンカに発展するくらい定番のお題らしいが秘本三国志では全然ダメである。
 恒例の馬謖が山の上に陣取るクソバカシーンも「こんな露骨に山の上に陣取れば何かあると思って囲んだりしない。囲むようなやつはバカ」などと舐め腐っていたら瞬殺で山を囲まれて「というかバカは、俺?」ってなるところとか笑ってしまう。馬謖はバカとして有名なのだが、そのアプローチは初めて見た。
 バカはお前。
 認定者は張郃。
 ちなみに張郃が死んだのは司馬懿が「あいつ邪魔」と思ったので無理に突っ込ませて殺したから。軍権を牛耳る上で邪魔だったのだ。

 などなど秘本三国志は英雄豪傑のスーパー戦闘シーンよりも謀略調略に尺が割かれているというか、ほぼそれで、あとは結果を書くだけなので、確かに物足りないと言えば物足りない。あんまり面白くない、というのもその辺はキャラ解釈以上に歴史的解釈が絡んでくるから「違うだろ」がくっきり出てしまうところもあると思う。
 劉備と孔明が天界で修行したりしても「別にいいか」と思うが、ここもここも裏で手を組んでいた出来レース! と言われると、違うだろ、を強い声で言ってしまって違和感がゴッツゴツに出てくる。判る。
 なので本当に周回プレイを死ぬほどやった人向けではある。
 歴史に詳しいとかそういう話ではない。
 上級者向けというのもなんだか鼻にかけている印象がある。
 取り憑かれたように同じゲームで同じことをしている人間向けというのが正しい気がする。三国志モンキー向け。そのくせ実は当時の中国の史実や文化はよく知らないという人向けというのもある。

 などとつらつら書くと「最近の正史寄り創作」みたいに思えてくるが、秘本三国志は1974年くらいの本である。劉備陣営や蜀中心のストーリーから離脱したものは昔からあるのであった。単に一般向けではないだけで。
 やはり演義はそれなりに面白いのである。
 最近見た「レッドクリフ」というクソ長い、赤壁を描いた映画があるのだが、ど真ん中直球で演義だったので、なんとなく懐かしい気がした。大衆娯楽という気がする。
 水戸黄門の助さんと角さんが黒人とかそういう話はたまに読むとか、水戸黄門に飽きたけど見るのがやめられないという病人が読むからいいのである。知らない人がいきなりそんな奇抜なものを読んだら本当に何が何だか分からないし、本質的に「何が世間でそんなにウケているのか」をまず理解出来ない。基本は大事である。

 歴史物は解釈を楽しむものというのは間違いないが(あらすじは教科書に載っているので)三国志はちょっとジャンルが違うというか、多少反則気味でもカウンターパンチの打ち甲斐があるというか、そういうところがある。
 受け手もカウンターパンチを期待しているところもある。
 そうですね、こうですね、の出来レースばっかりやったってつまんないだろう。たまにならいいが。

 ところで俺は孫権視点の三国志を知らない。
 あったら教えて欲しいが、面白いんだろうか。孫権、チンタラやってるわしつこく攻め続けた合肥は結局落とせないわ、晩年とかちょっと酷いのでフォローするのも難しいので書くのも難しいと思う。
 
 そんな訳で秘本三国志は面白かった。
 読むきっかけが出来て良かった。
 酒見賢一先生ありがとうございました。






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