ガチ恋バチャ豚の落日

とにかく、僕は絶望した。

本日の僕は、大衆が言うところの失恋によく似た感情を、バーチャルで仮想的な彼女に抱いていた。

厳密に言えば僕の見た光は、恋心なんて高尚なモノでも、性愛なんて矮小なモノでもなかったけれど、僕はあやふやなソレだけで十分だったんだと思う。
彼女は僕の太陽って訳では無かったし、それに照らされる僕は月って訳でもなかった。ただ、僕を人間らしくその形を留めていてくれた、そんな彼女は僕にとっては紛れもなく本物の太陽だったと思う。
それでも、もう太陽は砕けたし、僕は月でもスッポンでも地球でも人間でも無かったんだと思い知らされた。
仮想現実なんて白昼夢みたいなモノで、それから覚める瞬間は、早朝に訳も無く目覚める時よりたちが悪い。肌にこびりつく不快感と、大脳皮質の奥で劣等感が微妙に熱を持ち始める。

君の声で何度救われたかなんて数えていられない。君の笑い顔を想像して、僕も気味の悪い笑みを何時だって浮かべていたんだよ。指先は小刻みに震えるくらいキーボードを叩いていたし、それで君と繋がれていたと思い上がっていた。

知ったのは少し前、彼女が付き合っていたのはもっと前。
同棲なんてアニメか小説の話だと思っていたけれど、彼女がとても嬉しそうに、その男の為に作った夕飯という名の、反吐の出るエサの中身を語る瞬間や、帰宅を待つ優しい言葉は、僕の脳漿を破壊させるのには十分過ぎる。
僕はその苦しみを受け止めない、今も。

結局のところ僕は翼を焼かれたイカロス程度にも太陽に近付いてはいないし、翼の代わりの代償と言ったら、生きる価値もない肉塊の感情を破綻させた。そんな程度の下らない神話だった。
イカロスは英雄だ。翼を焼かれてもその手を伸ばすのを諦めなかったし、太陽に到達する為の限りない覚悟があったんだから。だから語り継がれるし、英雄足りうる。

僕にそれはあったか?いや、あり得ない。
暗い部屋でモニターの輝きに照らされていた、僕の瞳の内はただ虚ろでしかなかった。努力も根性も才能も、手繰り寄せなければ手元になど存在し得ない。だってそう信じなければ、僕は僕で居られはしない気がしたから。

だから彼女の中身はどんな容姿だって良かった。僕はその精神性が好きだったんだから。なんて事を言ったって、もう遅い。
やはりVtuberなぞクソッタレだった。

何度も後悔して失望して、懺悔していた僕は間違いなんて無かったんだ、と今になっては分かってしまう。夢は覚めるし、冷める。今はただスクラップ&スクラップする僕の感情を、埋め立て予定地にポッカリと空いた、深く憐憫たる穴にポイ捨てする事でしか自分を保てなくなっている。
あの高揚も、あの青春も、あの瞬間も。
きっと僕は捨てて行く、成長も反省も無いままに。

人生は変わらない。壁の薄すぎる六畳のインチキな賃貸で僕は腐り果てる。
そう未来は常に固定されていた。前世の罪か?今世の贖罪か?来世は太宰にでもなれるんだろうか?それくらいじゃあなきゃ割には合わないだろう。
この絶望には、少なくとも。

こんな感情は思春期に味わって、そして次の一歩を踏みしだくのが正しさなんだろうと思うけれど、僕には早過ぎるし、遅過ぎた。
ただの視聴者の絶望なぞ、彼女はついぞ知ることもなく、今日も明日もいつだってあの男と幸福を紡ぎ続けるのだろう。僕にはきっと分かる。
彼女とあの男は胸躍り花びらが舞い、そしてずっと遠くの深淵奥深くで僕は腐り落ちる。誰にも観測されないまま。
それがいい、それでいい。そうでなくてはならない。

幸せを妨害できるほど、僕は強くも傲慢でも無いし、辛さを無視できるほど勤勉でも矮小でも無かった。
つまりはただの肉塊だ。
感情なんか化学反応だ。
信じるのは衝動だ。
そこに附随する僕の肉片は、ただのたんぱく質だ。化合物だ。

ただ理不尽なこの世界で、僕は僕だけが辛いのだと信じきって、悲劇のヒロインを装って、主役のフリをし続ける。
一呼吸置いて、胸にそっと絶望を押し込んだ。

恋が終わる、あらゆる世界の片隅で。

追伸 個人女Vは個人男Vとすぐ付き合う。
同棲する。配信でコラボする。雑談で話題に出す。ファックする。
……ただ稲穂の中で蹲って居たら、こんなことにはならなかったのかな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?