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6章-(7) 台所のマリアさま

6月も末近い〈英語読み物〉の時間は、これまで読み続けた『キッチン・    マドンナ』の最後の数ページと、まとめの時間だった。

香織はこの物語に、深く心を動かされていた。9歳の男の子グレゴリーは 秀才すぎて、独占欲は強く、香織とは大違いだけれど、人とうまく繋がれず、気持ちを外になかなか出せない子。でも、ウクライナ出身のお手伝い マルタには、強い関心がある。マルタの故郷での貧しい生活の話、オオカミ狩りの勇壮な話を何度もマルタにしてもらい、そのたびグレゴリー少年は ワクワクして、妹のジャネットと何度でも聞きたがる。

そのマルタが哀しそうで、涙をこぼしていたりする理由が、グレゴリーの 家の台所に、聖母マリアさまの像がなく、お祈りを捧げる場がないことだとわかる。グレゴリーはマルタのために、なんとかしようと、遠い美術館を 訪ねたり、イコンを売っている高級店へ、自分のお金で買えないかと入って行き、恥をかかされたり・・。

マルタがうちを止めて出て行かないようにしたくて、ジャネットの提案で、グレゴリーは自分でマリア様の像を造ることにする。

それからが、グレゴリーには試練の時期となる。材料を得るために、どう あっても他者と触れあわなくてはならない。帽子屋で布のハギレをもらいに行ったり、お菓子屋の包み紙を集めるために、借金までしたり、何度も教会へ通って、マリアの像を見つめたり・・。

時間をかけ、試行錯誤を繰り返して、ついにグレゴリーの〈台所のマリア様〉ができあがる。

それを見た時の、マルタの喜びよう! 香織は胸が熱くなって、涙ぐんで しまった。グレゴリーにはわからないウクライナ語で、力強く祈りを捧げる姿に、どれほどマルタが、心の支えとなるものを欲しがっていたか、どれ ほど感謝しているかを、グレゴリーも家族も深く感じとる。

近藤先生はこの時グレゴリーが作ったという、〈台所のマリア様〉の挿絵が、原書に載っていたからと、コピーを皆に配布してくれた。

ISBN13   9780670413997

「わあ、きれい!」
「これを9歳で作ったの!」
「この縁取りが、借金して買ったキャンデイの包み紙ね」
「マリア様の表情がいい!」

クラスのみんなが賛嘆の声を上げた。

その時、近藤先生が質問した。

「グレゴリーにこれを作る気持ちにさせたのは、何だったのかしら?」

皆、いっしゅん、しんとなった。考えこんだのだ。

香織は手も上げずに、ふっと言葉をもらした。

「ラブ・フォー・マルタ」

大きな声ではなかったのに、皆に伝わった。

香織の斜め前の佐々木さんが、ふり向きながら、大きく拍手した。

「私もそう思った!」

佐々木さんは成績抜群のクラス委員だった。すぐに拍手がクラス中に広がった。

「そうね、笹野さん、どんなところに感動しましたか?」と、先生。

香織は立ち上がって、恥じらいながら、言葉を探しながら、懸命に答えた。

「・・マルタのために、あちこちで恥かいたり・・話せなかったお菓子屋 さんに・・借金申し込んだり・・新聞の切り抜きで、マリア様を作って・・布地を工夫したり・・ほんとにがんばってがんばって作って・・マルタが お祈りをささげて喜んでくれたところで、私もいっしょに泣いてしまいました・・」

「よく長く話してくれましたね。初めてですね、笹野さん!」      と、先生がほめてくれた。

佐々木さんがまた拍手して、続きのように話してくれた。

「私は、グレゴリーがマルタにだけではなく、帽子屋やお菓子屋のバーテイにもママにもマリア様を作ってあげよう、というところに、これから先、 グレゴリーの世界が広がって、夢も広がって、大人になった時の仕事にまでつながっていくようで、未来がみえるようで、すばらしいと思いました」

香織のとなりの席の横井さんも、立ち上がって、
「私は妹のジャネットが博物館のより、お兄ちゃんの絵の方がすてき、と 言ったり、宝石店の高価な絵よりもっとすてき、と言ってるところが、痛快で面白かったです」
と言ってから、香織に笑顔を見せた。

「そうよそうよ、言葉は子どもっぽいけど、この絵をみたら、ほんとだと思えた」
「私は教会へ何度も、グレゴリーがマリア様を見に行くところも、感心した」
「お金がなくなっちゃうのにね」
「私、ネコ好きだから、ルートルがグレゴリーを助けてると思った」

先生は口々に言う皆の意見を、うなずきながらよく聞いていて、嬉しそう だった。

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