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(173) 用心

車の行き交う大和田橋から浅川沿いの道に入ると,美鈴はペダルをこぐ速度を緩めます。汗ばんだ肌に、川風が心地よくかすめます。快適なこのサイクリングロードは、美鈴が朝夕楽しんでいる通学路でした。

一本道の右手の草むらに、男の人が背を見せて座っていました。薄汚れた作業服が近づくにつれ,美鈴はドキドキして、自転車を急がせました。土手の上には、この人と美鈴だけです。

不意にふり向いて襲ってくるかも。 身構えたのは、中学生の頃、塾帰りに追いかけられた恐ろしさが忘れられないのでした。

何事もなく行き過ぎて、ほっとして美鈴は振り返りました。今度こそ本当にドキリと胸が鳴りました。その人が、草の上でもがいていました。


IMG_20220113_0013用心


病気なんだ、あの人! 
美鈴は急ブレーキで、駆けもどりました。

「痛みますか? 救急車を呼びましょうか」

思い切って声をかけると、その人がうなずき返しました。

自転車はそのままにして、土手下の家に駆けこむと、事情を話し、救急車を呼んでもらいました。

やがて、近くの人々にも見守られながら、その人は運ばれて行きました。電話をかけてくれた人が,付添いになってくれました。その後、病人がどうなったか気になりながら、それからも毎日、土手道を自転車で走っています。       

知らない人には用心しろ、と父は言います。でも、怪しむだけだと、人でなしになるわ。美鈴はつくづくそう思ったことでした。


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