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ジェイムズ・リーバンクス『羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季』(濱野大道訳・早川書房)

(2019.1.29加筆あり)加入している生協で月に2回、書籍の共同購入のカタログが入ってくるのだが、それに取り上げられていて存在を知った、ジェイムズ・リーバンクス『羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季』(濱野大道訳・早川書房)を読んだ。2015年に発表され、ニューヨーク・タイムズ等多数の有力紙誌で絶賛された、ということだが、寡聞にして生協の冊子で初めて知ったよ。早川書房という、翻訳書に定評のある良心的な出版社から刊行されたことは、この本の実力を伺わせるが、早川書房では、圧倒的な販促は望めない、そしてハードカバーで税別2400円という価格。この本は日本国内でどの程度の知名度を持ち、どれだけ読まれているのだろう。内容が素晴らしかっただけに、この本の知名度が気になる。

【加筆】調査不足でした。単行本は2017年1月に刊行され、僅か1年半後の2018年7月にハヤカワ文庫NFになっていた。本体は1000円切っているので、それだけの需要が見込まれると思える販売実績が単行本にあったということですね。畏れ入りました。

舞台は、イングランド北部の湖水地方。わたしが愛してやまない、アーサー・ランサムの小説の中で出てくるあの湖水地方だ。ランサムについても一瞬言及があるが、ランサムの登場人物たちは、学期中は寄宿学校に通い、長期休暇になると、夏休み/冬休みの冒険行として湖水地方に帰省する/遊びに来るブルジョアの子どもたちだ。ランサムの登場人物たちが「シロクマ」と呼んで、冒険の彩りとしていた羊たちが、この本の主役であり、その羊たちを飼い、先祖代々生活してきた羊飼いがこの本の語り手である。そこには息づく生活があり、その生活に対する深い愛情がある。「イギリス湖水地方の四季」という副題通り、夏、秋、冬、春の順に季節を語るのと並行して、作者ジェイムズ・リーバンクスが、いかにして羊飼いとして成長してきたかが語られる。四季を語るとき、通常は新年か春から始める本が多いと思うが、夏から始めることで、湖水地方のフェル(岩山)で、自由に暮らしている羊たちを管理しながら生活している羊飼いの概要から話を始め、羊の交配、売買、越冬を詳しく述べ、最後に羊のお産を語る。リーバンクスが、一旦学校からドロップアウトし、子どもの頃から祖父の生活を見つめ続けた延長として羊飼い生活に入りながら、父との衝突をきっかけに進学を志すようになり、オックスフォード大学へ。並行して羊飼いとしての生活も続け(大学は拘束時間が短いので、実家に戻って家業を手伝える時間もある)、伴侶を得、子どもたちに恵まれ、子どもたちもまた生活の中で羊飼いとしての生き方を会得していく様子が、四季の物語の中に溶け込むように語られる。圧倒的な支配者とか地主に牛耳られることなく、羊たちの生きる土地は、様々な所有形態で、その地のルールに基づいて運営される。例えばナショナル・トラストが所有している土地もあり、この本の中では、ビアトリクス・ポターが果たした役割も大きく取り上げられている。湖水地方の風景を守る、ナショナル・トラストの活動の中に、羊たちも組み込まれているのだ(ちなみにこの本の中に一番よく出てくるハードウィックという品種が、湖水地方のフェルで人の眼に触れるべく、意識的に繁殖されているらしい)。

品評会で、よい評価を得た種羊を買い、繁殖させ、継続的に繁殖させることを目的とした羊を計画的に育て、収入源として食肉となる羊たちを販売する。現金収入は主に肉用の羊を販売することで得る。夏の干し草作り(冬用の飼料)、春先に羊のお産を一日中見守り手助けする、待ったなしの年間行事が半永久的に続く。その幸せがしみじみと語られる。牧羊犬との深い絆、そして牧羊犬なしには成り立たない放牧生活。現在のわたしたちの生活を思うと、ある意味信じられない位、地に足のついた生活が、世界のどこかに存在しているのだということを、この本を読んで知った感じ。幸せを感じているけれど、自分の住むところすら思うように得られない位、経済的に余裕を持って暮らしていくのは難しい、ということも、あけっぴろげに記述されている。

【加筆】羊への愛情もひしひしと感じられる。Amazonのレビューを読んでいて、アーサー・ランサムに言及している人がいたのだが、『長い冬休み』の中で、ディックが山の中で、立ち往生していた羊を救出するエピソードがあり、たまたまその羊の持ち主が、寄宿している農場のディクソンさんだったことで、ディクソンさんがディックにすごく感謝して、ディックとドロシアのために帆のついた橇を作ってくれるのだが、それだけ、羊は貴重で、愛しいものなのであろう。本書の中では、口蹄疫など、伝染病で羊が倒れていったシーズンの話が書かれているのが、読んでいて本当に辛く、作者の哀しみがひしひしと伝わってきた。

読みやすいし、説得力もある。でも、この本をどのように売り、人の手に取らせるようにするんだろう、と、読み進めるほどに不思議になってしまった。ハードウィック、スウェイルデールといった英国固有の羊の品種の名前を見ていると、英国直輸入の、ごわごわして油くさい、でも頑丈で暖かいセーターの匂いを思い出す。そういった実感のない人がこの本をどう読むんだろう。

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