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老人ますます元気! 藤野千夜『じい散歩 妻の反乱』(毎日読書メモ(518))

藤野千夜『じい散歩』(双葉社)を読んだのが一昨年5月。

その後文庫になってますますの読者を確保しているようだが、このたびめでたく続編『じい散歩 妻の反乱』(双葉社)が刊行された。「小説推理」に2022年~2023年に連載。小説の中の時代設定は、主人公明石新平92歳、妻英子91歳の時点から始まる。確か新平が1926年(大正15年)生まれで、『じい散歩』の巻末が2020年、新平94歳だったので、小説の最後を駆け足で締めて、それで続編までは考えていなかったのが、好評で続編を書くことになって、冒頭はその2年前まで戻したということか。
いや、まさか、90代の主人公の小説の続編が出るとは。
英子は今作冒頭の2年半前に倒れ、介護が必要な状態になっているが、介護は小説開始時点でも、新平が主体的に行っている。引きこもりの長男孝史と、赤字続きの会社経営をしている三男雄三は同居しているが、殆ど役立たず。性自認を転換して自称長女となっている次男建二が一応一番役に立つが、色々口を出されてはかっとなってばかりの新平。
という2018年から物語は始まり、新型コロナウィルス感染症の蔓延により社会情勢が変わっていく様子が明石家の暮らしの中にも少し影を落とすが、「少し」なのである。すべての章に「妻の・・・」というタイトルがついているが、実際には車いすに乗って、食事も主に胃ろうで摂取している英子は発言もほとんどせず、家の中で一番活動的なのは新平。新平の留守中に英子の見張りをしているくらいしかしない孝史、たまにつむじ風のようにやってきて言いたいこと言っていくだけの建二、口を開くと借金の申し出だけで何もしない雄三、雄三はコロナにかかり、一時はECMOの世話になる寸前まで行くが生還。
という状況のまま、物語は新平96歳、つまり2022年の秋まで続く。4年たっても登場人物たちの状況が殆んど変わっていない、というエンディングに愕然とする。
宮島未奈『成瀬は天下を取りに行く』という、昨年読んだ本のベストスリーに入る名作の主人公、成瀬あかり(高校生)は、将来の夢が「二百歳まで生きる」なのだが、明石新平は、将来の夢、なんて思うこともないまま、本当に二百歳まで生きてしまうかもしれない。

前作『じい散歩』の中で新平と英子の生涯、そして息子たちや親族の話が丁寧に書かれていたので、『妻の反乱』から読むとたぶんちょっとわかりにくいと思う。一作目から読むのがお勧め。
そしてタイトルから「ちい散歩」を想起できるように、椎名町に住む新平が、池袋近辺を散歩し、散歩先で美味しいものを食べたり、カフェに入ったりする様子が描かれているのも楽しい。建設業に携わっていたので、建築物への興味なども書きこまれていて、表紙にも書かれている、梵寿綱ぼんじゅこうが設計したドラード和世陀わせだの紹介とか、ビルそのものは早稲田大学あたりを散策中に見たことあったが由来は今作で知ったし、小説冒頭から、江古田の浅間神社の富士塚の話が出てきて、あ、この富士塚、山開きの日に登りに行ったよ、と親近感が湧いたり。

とにかく、最初と最後で状況が全く変わってないことに圧倒される小説であった。加齢もコロナも関係なし! 新平さんにはますます散歩にいそしみ、美味しいものを食べ、色々な建造物を眺め、二百歳まででも三百歳まででも生きてほしい!

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