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毎日読書メモ(167)『屋上のウインドノーツ』(額賀澪)

額賀澪『屋上のウインドノーツ』(文藝春秋)を読んだ。2015年に『ウインドノーツ』というタイトルで、第22回松本清張賞を受賞した、デビュー作に近い作品(ほぼ同時に『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞していて、両作は同日に単行本として発売された)。

わたしが初めて読んだ額賀澪作品が『風に恋う』(文藝春秋)で、これと同様、高校の吹奏楽部を舞台とした作品。自分がずっとアマチュアオーケストラで楽器を演奏してきたせいか、逆に、吹奏楽部の練習のしかたとかがわかりにくく、引っかかりまくり。楽器一人とか二人とかで個人練習して、他の楽器と合奏して、曲を仕上げていく過程が今一つわからない。評判がよかったので読んでみた『風に恋う』で、そういう場所に引っかかって、物語に感情移入できなかったので、『屋上のウインドノーツ』も、ちょっと構えて読んだ。

主人公給前志音きゅうぜんしおんのキャラが、独自過ぎて引く。コミュニケーション不全とか、発達障害的な要素はないのに、ずっと、人と関わることから引き気味で生きてきた志音の内面に、物語はあえて踏み込まない。中学受験して入った中高一貫私立校から県立高校へ転出してきた志音が、母との離婚で別々に暮らしてきた父が亡くなった際に自分の元にやってきたドラムセットをきっかけに、ドラムを叩くようになり、それをきっかけに吹奏楽部でドラムを叩くことになる。

志音を吹奏楽部に引きずり込んだ、部長の日向寺大志がもう一人の主人公。中学の吹奏楽部で体験した苦い経験のせいで、固辞してきた部長ポストにやむを得ず就任し、学校の屋上で偶然出遭った吹奏楽未経験の新入生志音を入部させる。

前提がこんがらかりすぎていて、最初はすごく読みにくい。読者に提示されていない、志音と大志の過去が、あまりに物語に影を落としすぎていると思った。

それが、志音が他者と一緒に音楽を作ることの歓びに目覚めたこと、中学時代に目指して果たせなかった東日本大会出場へ、大志が気持ちをフォーカスしてきたこと、それが家族や友達との関わりと共に描き込まれ、部活動の練習のささやかな積み重ね以上の重みが出てきて、物語が疾走しはじめる。

幼稚園時代から志音を気にかけ、一緒に私立中学に進学し、自分のコミュニティに引き込もうとしてきた瑠璃ちゃん、瑠璃ちゃんからの自立は、別の高校への進学によっては成り立たず、自らの意思で入部した吹奏楽部で自分の立ち位置を確立して初めて達成された、というのが、この物語の柱かもしれない。志音のビルドゥングス・ロマン。

並行して、大志の、拘泥してきた過去からの離脱。大志と志音以外の登場人物は登場機会がそんなに多くないが、それぞれにキャラが立っていて、東日本大会を目指す部活動の勢いを感じさせる。

読み始めたときは若書き、と思っていたがなんのなんの、構築された物語世界は濃密で、性格的に全く感情移入出来ないと思っていた志音のことを応援したくなってきたことに、我ながら驚いた。顧問の土子先生も、介入しすぎず、放置もせず、距離の取り方が絶妙で、吹奏楽に限らず、良い指導者に出会うことの大切さを感じさせた。

作者の出身地である、茨城県行方市とその周辺を舞台としていて、「でれすけ」といった方言の使い方も巧み。人口密度の低い地域での県立高校と私立高校の立ち位置みたいなものも含め、リアルな手触り。

これまでに書いた額賀澪作品の感想

拝啓、本が売れません

タスキメシ箱根

タスキメシ


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