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井上荒野『照子と瑠衣』(毎日読書メモ(529))

年を経てきた女性たちの小説、江國香織『シェニール織とか黄肉のメロンとか』で堪能して、続けて井上荒野『照子と瑠衣』(祥文社)で更にワクワクする。『シェニール織とか黄肉のメロンとか』の登場人物たちが57歳くらい、照子と瑠衣は当年とって70歳!
照子と瑠衣、語感だけでもイメージできるように、ふたりの名前はリドリー・スコットの映画「テルマ&ルイーズ」から来ている。って、わたし見てないのですが、逃避行をする2人の女性のロードムービー。ドライブ旅行に出かけたテルマとルイーズ(照子と瑠衣よりは若い)。レイプされそうになったテルマを救おうと、護身用のガンで男たちを撃ったルイーズ。警察から逃れようとする逃避行のなかで真実の自分たちに目覚める二人。
照子と瑠衣も、車で逃げる。支配的な夫からの逃走、単身入った高齢者住宅での住民トラブルに嫌気がさしての逃避。二人は、照子が運転するBMWで信州の別荘地に向かう。
専業主婦の照子と、シャンソン歌手をしながら日銭を稼いで暮らしている瑠衣は中学校の同級生だったが、本当に親しくなったのは、大人になってからの同窓会の席でだった。高齢者住宅にこれ以上いられない、と「助けて」と照子に電話した瑠衣の前に現れた照子は、夫に「さようなら。私はこれから生きていきます」と置手紙を残して家を出てきた、新しい人生を目指す女だった。
あまり使われている気配のない別荘に侵入し、出来るだけ施設を消耗しないよう気を付けながら、照子の貯金と、瑠衣のシャンソン歌手としてのバイト代で生きていこうとする二人。二人ともおしゃれで、照子の作る料理の丁寧さ、美味しそうさにページを繰る手が釘付けになる。二人ともそれぞれのベクトルでしたたかなところが超恰好いい。表紙の照子と瑠衣の肖像(サイトウユウスケのイラスト)は、ちょっと読者のイメージを固定してしまうきらいもあるが、こういうしたたかな70歳になりたいね、という気持ちにさせてくれる。
ところどころで照子と瑠衣それぞれの過去が語られ、今何故二人はこうして一緒にいるのかが見えてきて、また、現地で知り合う魅力的な人たちとの関係構築も、読んでいて心地よい。善人しかいない...ということもないが、照子と瑠衣が、みんなの厚意にただすがるのではなく、自分たちも他の人のために何かをする、ギブアンドテイク意識の強さを感じ、潔く年を取ることの難しさと憧れを胸に刻む。
そして、あっと驚く、クリスマスの日の決断。信州に来た目的を果たした二人は新天地に向かう。
将来は見えないけれど、支え合ってやっていけるという確信が、二人の未来を明るくする。
爽快感の得られる老年小説としてかなりのお勧めです。井上荒野は以前は、登場人物のもやっとした感情を、もやっとしたまま終わらせる小説を書く人だと思っていたが、最近は明白な落としどころのある小説を書くようになったと思う(『生皮 あるセクシャルハラスメントの光景』の時にも感じた)。

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