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ケセラセラ

「あなた、このままだと将来うつ病になっちゃうよ。」
バイトの後輩に、ある日こう言われた。彼女はパニック障害、うつ病性障害の診断を受け、抗うつ薬・抗不安薬を服用している。

 私のバイト先の居酒屋は、現在とても”脆弱”である。
 というのも、人手不足が深刻で、現店長(男性)のバイトへの要求度が明らかに高い。今年で4年目の私は、ホール全体を見張ることを高いレベルで要求される。もともとキャパシティーが小さい自覚があり、仕事を覚えるのも遅いので、金曜や土曜にドリンクのオーダーの山にパンクしたり、お会計でクレジットカードの機械の操作を誤って決済されていないのにお客さんを帰したり。たしかに一定の落ち度はこちらにあるのかもしれない。だが、店長は執拗に私に厳しく接する。私への厳しい指導を「あそこまで求めるのはやりすぎだ」「俺も一人でホール全体を見るのは無理だ」と6年勤続した大好きな先輩は心配してくれた。
 対して、女性のバイトには甘い。バイト中にスマホをずっといじっていても、お菓子を食べていても、制服の前掛けを付けずに接客していても、いらっしゃいませと言わなくても、何も言わないのである。それを店長は「厳しく指導すると辞められるリスクがあるから、保身に走っていただけだ」と正当化している。そもそも、バイトの意識改革をするのはバイトの先輩ではなく店長の役目では?と疑問が残るが、店長は「今のバイトが頼りがないのはお前が優しすぎるせいだ」と言い放ったのである。
 また彼は、今まで女性のバイトへのセクハラを何度も繰り返している。にもかかわらず、まったく反省の色が見られない。そして、うちの店のバイトの一人もまた、そのセクハラを受けたうちの一人である。店長は彼女に口答えできない状況ができており、あろうことか彼女に便乗した他のバイトの子が次々と自由奔放な態度を取り、社員とバイトというパワーバランスが崩壊しているのである。
 そして、従業員がタスクオーバーになっていることに目をつぶり、すさまじい勢いでお客さんを通す。たしかに「お客様を1秒でも待たせるな」という彼の主張は理にかなっているが、昔からバイトが少なかった私は、5~15分の待ち時間を設けてお客さんを順に案内し、その間に片づけを終わらせるという方法を先輩から徹底されていた。このギャップに堪忍袋の緒が切れたのは、私だけではない。先日、社員さんの1人が退職された。まだ自分とあまり歳が離れていないお兄さんみたいな人で、唯一店長への不満を相談できる私にとって貴重な存在だったが、店長の無茶な要求に耐えかねたのだろう。自分の包丁を回収し、出勤最終日に熱が出たと、足早に店を去ってしまった。
 それでも店長は、売り上げを第一に考える。回転重視の店になってからうちの店舗の業績は右肩上がりらしく、あいつは天狗になっている、と退職されたチーフは呆れていた。その代償に、私が新人時代に叩き込まれたサービス面は、明らかに劣ってしまった。何事も取捨選択は必要だが、先日ヘルプに来ていた他店舗の社員さんはうちの店舗の惨状に不満気だった。
 だが、私はこう考えた。「店長にとって私は便利だ」と。彼は若干30歳の新米店長。店長としての振る舞いを確立するための過渡期にある。言うことを聞かないバイトがいるのは当たり前で、年配の他店舗の店長がある程度店の秩序を保つことができるのは、店長としての経験があってこそなんだと。だからこそ、「はい」とすぐに言うことを聞く私のような「優等生タイプ」は、彼にとって都合がいいのである。そう、彼も、たいへんなのだ。そんな彼を助けてあげなければ。

…………… 

 お気づきだろうか。私は、追い込まれすぎである。
 バイトが気負うべき範疇を超えている。その自覚はあるのに、彼のリクエストに答えようと心をすり減らしている。人の気持ちをよく理解できることは確かに強みだと自負はしているが、一長一短であることを痛感している。
(このバイトを辞めるに辞められないのは、新しいバイト先で新たに仕事を覚えられるほど、大学の授業や研究室のタスクに余裕がなく、このバイトを紹介してくださってバイト外でもお世話になったのが、同じ大学の先輩だからではあるが。)

 たぶん、自分は他の人よりまじめだという自覚があるので、人が考えつかないような心配事を想起することができるのは、ある意味才能なのかもしれない。多くのバイトはこの店の状況を利用してサボるだろうし、問題意識をそもそも持たないし、問題だと思ってもそれを改善するのは自分だという責任感・正義感は大抵の人は持っていない。

 考えすぎて、私は先輩に相談した。このバイト辞めようと思っている、と。すると先輩はこう返してくださった。
「完璧を求めすぎると、他人にも、自分の心にも完璧を求めてしまう。だから、他人に優しくするのと同時に、自分にも優しい人間になってな。」

 そうだ。優しさとは、自己犠牲のうえに成り立つものではない。盤石な自己肯定感の上にこそ、優しさは存在しうる。今にも倒れそうな人から与えられた優しさは、相手を奈落に引きずり込む罠だ。自分に自信がなくて、それでも他者の評価で自らを仮装し、ハリボテの自信を持とうとしていた私の心が、叫んでいる。大いに腑に落ちた。
 圧倒的な自己肯定感。これだ。これしかない。

「私を愛せるのは、私だけ
 生まれ変わるならまた私だね」

  Mrs. Green Apple 「ケセラセラ」

 私の大好きなミセスはなにもかもお見通しだ。


薬学生のひとりごと | うつ病とは

 日本人の疾患関連死のうち、生活習慣病・がんと並ぶ三大原因とされている疾患です。
 病態としては、未だに明らかになっていない部分が多いですが、主に2つの仮説が現在の主流です。1つ目が、脳内の神経伝達物質(ノルアドレナリンやセロトニンなどのモノアミン)が減少して発症するという説(モノアミン仮説)。2つ目が、ストレスによってコルチゾール(ストレスがあるときに出されるホルモン)が常に多く体内に存在してしまい、神経細胞の栄養となる因子が枯渇して、神経を修復できなくなるため発症するという説(神経細胞新生仮説)です。
 薬物治療として、モノアミン仮説に沿い、脳内のノルアドレナリンやセロトニンの量を増加させる薬物を用いることが現在一般的です。
 また、まじめな人はうつ病にかかりやすい、と言われています。




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