2022年夏、1999年石狩のNUMBER GIRLを聴いている。
盆の入り口ごろ。
石狩湾新港の方から、NUMBER GIRL再解散との報がきこえてきた。
私は蝦夷の地に暮らしておきながら、いろいろあって今年のライジングサン(RSR)での復活の雄姿を、観に行くことはなかった。
公式HPの向井氏解散コメントは、これまたシビれるものであった。
氏いわく「稼ぎてえ」と切望して、2019年臨んだ復活。しかし復活最初の舞台のはずだったRSR2019は悪天候による中止。
その後も翌年からのコロナ禍による無観客ライブ配信など、不本意な活動状況だっただろう。
そして2022年の夏の終わり。
23年前の石狩湾新港で鳴らしたNUMBER GIRLを私は聴いている。
DVD『記録映像 LIVE 1999-2002』に収録されたRSR1999のアクト。
(DVDの詳細については、この記事が良かった。)
RSR1999でのステージは、私の一番最初のNUMBER GIRLの記憶だ。
とはいえ、何せ23年前の事なので記憶は朧気だ。
お目当て電気グルーヴが終わり、しばし休憩とばかりにステージを観ていたかどうかも定かではない。
だからここで記す第一印象は、その後に地方TV局で放映された映像によるものかもしれない。
彼らは当時すでに狂信気味な熱狂をもって、客に迎えられていた。
でも自分にとっては、名は聞き覚えのある実態を知らぬバンドだった。
ステージに現れた時の向井秀徳の第一印象は、垢ぬけない大学生といった風情。
しかし、言葉を吐き、音を出して一転、つかみどころない音が刺さってくる感覚、刹那的でありながらどこか滑稽なその佇まい。
バンド全体の在り方のカッコよさ。
そして、今までの女性ギタリストで見たことのない無二の存在感を放つ、ひさ子ちゃん。
それが最初の印象。
でも正直、その時の私に楽曲が深く刺さってはこなかった。
音とバンドの佇まいとしてのカッコよさは相当なものだけど、歌詞が聴き取れないのが、私にとっては結構ネックだったのかもしれない。
熱心に聴くようになったのは、ZAZEN BOYSからだった。
それでもやっぱりRSR1999を一緒に体感したナンバガは、私にとって特別な存在だ。
観客にとってもアーティストにとっても、あの空間あの瞬間は、特別だったと思う。
北海道で初めてのオールナイト大型野外フェス。
完全開放されただだっ広い空間で、生の演奏の数々を、昼夜気にせず、ずっと聴いていられるという体験。
その初めての経験は、観客だけでなく、おそらくアーティストにも(前年までのフジロックに出演したのは電気だけ)特別な初体験として残っている。
だから私は勝手に、ナンバガの面々もRSRに対する思い入れを持つ同士と思って疑わない。笑
でも、その後も自分の出演は無いのにRSRに足を運んだ向井の行動や何より復活の場にRSR10周年を選んだのも、それは遠くない推察ではないかと思う。
時を経て、RSRでの復活が叶った今年、12月にまたNUMBER GIRLは解散する。
RSR2022のNUMBER GIRLはどんな感じだったか、見に行った友人に話を訊くと、
・演奏中に何度も近づいてくる向井に笑ってしまうひさ子さん
・素晴らしく美しい夕日を背に、向井がビールを飲みただじっとカメラをみつめる謎時間
などのエピソードを聞かせてくれた。
ただただ、愛おしさしかない。
「何度でも時を超えて我々は集まり、
福岡市博多区からやってまいります。」
解散に寄せたその言葉の通り、また彼らは帰ってきてくれるんだろう。
出し惜しみなく、またしたいときに、やってくれたら私たちもありがたい。
その時はまた、だだっ広いあの石狩湾新港で聞きたい。
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