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ポケベルと文化


ポケットベル、通称ポケベル。皆さん覚えていらっしゃいますか?
全然知らない方も多いと思いますが、携帯が普及するずっと前から始まり、80年代から90年代初頭にかけて、一世を風靡した通信サービスです。
いわゆる無線呼び出しベルですね。
(「ポケベル」はNTTの登録商標ですが、ホッチキスみたいにサービス名として認識されています。ちなみに海外での一般名称はpagerです)

電波で相手を呼び出す (だけです)

相手を呼び出したい時は、ポケベルの電話番号に電話すると、基地局から呼び出し信号がラジオやTVみたいに電波で送られ、受信するとピーピーピーと音が鳴ります。ラジオ同様受信のみで、ポケベルの受信機からは返信出来ない一方向のコミュニケーション・ツールです。

そんなの意味あるの? と言われそうですが、携帯電話が無かった時代には、どこにいるのか分からない人を呼び出せる便利なサービスだったのです。

恋人たちの秘密の道具

初期は、本当に音が鳴るだけの単なるブザーでしたが、やがて数字だけ表示できる小さな液晶付きのnumeric、表示行数を増やしてアルファベットも表示可能なα-numericというタイプが登場。日本ではかな文字や記号が送れるようになり、若者の間で人気を博します。

携帯が無い当時、恋人に電話をするには、相手の家に電話する以外手がありません。相手が一人暮らしであればいいのですが、実家暮らしの場合には、たまに(家によってはいつも)お父さんという怖い門番を突破しないと取り次いでもらえませんでした。

そこでこのポケベルで、恋人同士で数字だけのちっちゃなメッセージを送り、今電話して! みたいな合図を送ったり、秘密の連絡をするのに重宝されたようです。
(私はポケベルを作る人・運営する人だったので、製品テスト以外使ったことはないのですが(笑))。

愛は交換機を倒す

最初のユーザー層は忙しいビジネスマンでしたが、その後10代・20代の若者にどんどん売れはじめます。おー、若者にどんどん売れるなぁと、はじめは喜んでいた通信事業者でしたが、その結果何が起きるのか良く分かっていなかった様で、程なく顔面蒼白の事態にぶつかります。

通称「魔の21時54分」。
多少前後しますが、概ね22時ちょっと前にそれは起きました。
毎晩必ずこの時間になると、全国からポケベルへの電話が殺到、ポケベル交換機が輻輳し(発信が殺到し回線不通になる状態)、不通になるという事態が頻発します。

なぜこの現象が起きるのか、どうして22時直前なのか、中の人(自分も中の人だったのですが)曰く最初は謎でした。ところが、誰かが「トレンディドラマがおわる時間だ…」ということに気づきます。

そうなんです、ラブロマンスのドラマが終わるやいなや、若き恋人たちは互いに語り合いたくて、話したくて、一斉にポケベルにメッセージを打ちこんでいたのです。

そんなの、交換機と回線を増設すれば解決!…と思われそうですが、普段ポケベルは、日中、そこまで激しく集中的に使われることはありません。まして若いユーザーは、日中は授業か仕事の真っ最中で、ほぼ使いません。なので、この21時54分の愛の通信のためだけに増設すると、余剰設備になってしまうジレンマがありました。

風のように去っていったポケベル

困りましたねぇ、どうしたものかねぇ…などと思案しているうちに、携帯の普及が急加速、PHSも登場し、通信需要は一気に携帯へ移行。ポケットベルはあっという間に過去のものとなります。
今では、ポケベルを知らない人・使ったことがない人の方が多いのではないでしょうか。

一世を風靡したポケベルも、NTTドコモは2007年に、その後もサービスを継続していた東京テレメッセージも2019年にサービスを終了しました。
通信技術の栄枯盛衰は本当に足が早いと、改めて感じます。

<余談>

このトラブルが頻発していた頃、お客様に迷惑をかける様な、そんな使えないサービスを売るわけにいかん! と、独断でポケベルの一時販売中止を実行したのが、当時栃木支店長を務めていた榎さん(iモード事業の創立責任者)でした。

あの時はすごかったよ。若い人はホント、思いもよらぬ使い方を発明するね。まぁ、iモードの一年目はもっとえらいことになって、また僕が販売停止を命じる羽目になるとは思わなかったなぁ…と、ヒースロー空港で乗り継ぎ便を待っている間、二人で話を交わした思い出があります。

そういえば、携帯メールで当たり前になった絵文字、あれが通信の中で使われ始めたのはインターネットじゃなくて、ポケベルだったんだよね。当時は❤️(ハートマーク)を送るぐらいだったけど、これ面白いからiモードメールでもやることにしたんだよね…と話をしたのが20年前。

その後絵文字はスマホでも重宝され、世界中で使われるようになり、そしてMoMAに収蔵(*)されるまでになりました。
ポケベルの遺産は今も私たちの暮らしの中に残り、そして受け継がれてゆくのです。

(*) Architecture and Design部門で、iモード開始時に作られた176種類の絵文字が収蔵されています。作者は、iモード創立メンバーの一人であった栗田穣崇さん(現 株式会社ドワンゴCOO)です。


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