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リチャード・ブローティガン 西瓜糖の日々

おなじみの文学ラジオ空飛び猫たちを遡って、第3回で紹介された本書です。西瓜糖(すいかとう)って何なのか、とてもすてき。

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舞台はいろいろなことが曖昧な西瓜糖の世界。「アイデス(iDEATH)」と「忘れられた世界」は緩くつながっていて、そこに暮らす人々もゆるゆると穏やかに生きている。ゆるゆる、ゆらゆら、不思議に地に足の着かない浮遊感がある。決まった名前を持たない男が主人公で、彼がこの話の語り手。

以前は仲間だったけれど次第に相入れなくなった「インボイル」とその仲間たちは「お前たちはアイデスをわかっていない」「アイデスを教えてやる」と、自らに拷問を課し主人公たちの目の前で死んでいく。耳を削ぎ、鼻を削ぎ、出血多量で死んでいく。

かつての恋人マーガレットは「忘れられた世界」に惹かれてひとり忘れられた物を拾い集めにいく。彼女はりんごの木で首を吊って死ぬ。
アイデスは自我を出さないでも生きていけるイージーな世界である一方、それが果たして生きやすさと等しいかと問われると疑問があるし、マーガレットはそれにしんどさを感じていた人間だと思う。

そういう人たちがアイデスの人々にもたらす不安や不穏な空気というものが、なかなか響かないというやるせなさは読み手側からすると感じる(ここが読みどころなのか)。
主人公はそれに気づいた上でアイデスで生きることを選んでいる人間なんだろうと思うし、「34年ぶり」に本を書いているのはその自覚に拠っているのかな。

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チャック爺さんというキャラクターに惹かれた。少なくとも九十歳にはなっていて眼が悪く、橋のランタンに灯をつけにアイデスからやってきて、朝になるとその灯を消しにまたやってくる。もう高齢なのだから、そんなことはせずにアイデスでのんびりと、じっとしていたらいいという意見の人もいたが、チャック爺さんにはこういう意見がある。

チャック爺さんがいうには、誰でもなにかすることがなくちゃいけないし、橋に明りを灯すのがじぶんの仕事だというのだ。
リチャード・ブローティガン「西瓜糖の日々」p.27(河出文庫、2003年)

これは、人間にとって誇りを持ち続けることの大切さを伝えていると思う。

読書のよろこびを味わえる作品でした。読めて嬉しい。


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